Pink
ズキン、と強い痛みで目が覚めた。
身体を起こすと、頭の中が波打つように痛み出す。
「っ……」
声にならない声を上げ、近くのテーブルに腕を伸ばす。置いてあるピルケースから鎮痛剤を取り出して、ペットボトルのぬるい水で飲み込んだ。
また寝転がると、傍らのスマホの電源を入れる。数字は「6:24」を示している。まだ朝方だ。
「痛ぇ…」
思わず頭を抱える。もう一錠だけと薬を飲もうとして、やめる。病院に行くのは来週なのに、この分だと今週中になくなりそうだ。
「これがないと無理なのに…」
つぶやいて、苦笑した。いつからか我慢ということを忘れている。まるでオーバードーズのようだ。
でも、と思って目を閉じる。これがないと、たぶん俺は死ぬ。いや、そんなこともう決まっている。薬がなくたって俺は……。
不意に息苦しさを覚えて、まぶたを開けた。
自分の両手は首を掴んでいた。
「…はっ、はあ、はぁ」
慌てて起き上がって息を整えていると、頭痛も治ってくる、気がした。
何やってんだ俺。
投げたスマホに手を伸ばす。検索エンジンを開き、入力欄をタップすると、出てきた履歴の一つを選ぶ。
『脳腫瘍 楽になる方法』
またこうして調べてしまう自分が嫌だった。
出てくるサイトは様々だ。薬や緩和ケア、治験の募集。
全部、もう俺には遅い。
「…ん」
その下に、全く違う趣旨のタイトルがあった。俺は軽く目を開く。今まで気づかなかった。
『終末期の病気の方のための場所 喫茶ピクシス』
「きっさぴくしす…」
おうむ返しして、そのURLを押す。出てきたのはシンプルだけど洒落たサイトだった。
その名の通り、終末期を迎えた患者のためにある喫茶店のようだ。ゆっくりとコーヒーを飲み、言葉を交わす。そんなことが書いてあった。
「…行けそう」
一番下にある「アクセス」を見ると、都内で電車を使えばすぐの距離だった。今日は営業日に入っている。
にわかに、心がほんのり温かくなっているのに気づいた。
あぁ、これって希望なのかな。こんな感じのものだったかも。
だけど、重要なことに気がついた。なぜか営業時間は午後の1時からとなっている。
昼過ぎまで待ってなきゃいけないのか。
でも、楽しみができるのって久しぶりだった。
3ヶ月前に治らない脳腫瘍が見つかって大学の講師を辞め、死を待つだけだった生活。
なのに未来を楽しみにしている。
俺もまだ生きたいんだ。
立ち上がり、そばのカーテンをしゃっと開ける。目の前に建つマンションの白壁が眩くて、俺は目を細める。
窓を開け放ち、顔を出してみると、
狭い空は青く晴れていた。
どれだけ家を閉め切っていたかを思い出す。外出と言えば、病院しか行っていなかった。
風が吹き込んでくる。涼しい。
「……行こう」
続く
コメント
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切なくて、でも暖かいというか… なんて言葉で表せばいいのか分からないけれども、ほんとに素敵なお話…✨