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――暑い暑い暑い!
こんな状況で寝れるか!!
俺は身体の痛みもそこそこに、空腹と、何より喉の渇きに喘いでいた。
此処が地下とはいえ夏場だ。湿度が容赦無く細胞の水分を奪っていく。
あれから何時間経った?
もう朝じゃないのか?
あの女はまだ来ないのか?
矛盾の狭間。俺をこんな風にしたあのルシファーな女を、認めたくなくとも心待ちにしていた。
悠久にも感じられた刻。そしてようやく――
“ガチャリ ギィィィ”
重苦しい鉄格子が開く様な音が聞こえた。
待ってました、と同時に遅いんだよ屑。
全く気が利かない。
「おはようジョン。よく眠れたかしら?」
女が両手に何やら抱えて降りてくる。
クロスに掛けられている為、全貌は確認出来ないが、食事である事に間違い無いだろう。
「顔色が優れないわねぇ……。ちゃんと休まないと駄目よ」
女は俺の前まで来て顔を覗き込み、ごもっともだが理不尽に諭す。
寝れる訳ねぇだろ!?
しかもこの俺に隈が出来てるはずだ。
余りの腹ただしさに、その美しいが醜い面に唾を吐き掛けたくなるが、それは得策では無いし、俺の貴重な寿液を無駄に浪費出来ない。
ここは我慢だ。それより――
「み……水を!」
それが最重要課題。まずは本来の力を取り戻さねばならない。
「ちゃんと持ってきたわよ。うふふ、あわてんぼうさんね」
いいからさっさとしろ。
女はゆっくりと手に持つクロスを剥ぎ取り、其処には丸い銀テーブルの上に手作りと思わしきサンドイッチと、500㎜ペットボトルのお茶が置かれていた。
神の食事には程遠いが、俺は飢餓からか“ゴクリ”と固唾を呑み込んでいた。
「おほほ。欲しいかしら?」
ここまできて、尚も女は焦らす。
当たり前だ。ふざけた事抜かしてないで、さっさとよこせ。
「まだ、お、あ、ず、け、よ」
何寝惚けた事を。こいつは真性のサドだ。
「欲しければ“ワン”と言ってごらんなさい」
……は?
俺がそんな事言うと思ったのか?
「ざっ……けんな! いいからさっさとよこせ!!」
勿論答えはNOだ。
俺は乾いた喉を振り絞って罵倒した。無駄な体力使わせやがって。
こいつにとっては餌付け感覚なのだろう。
犬は餌で飼える。人も金で飼える。
だが二階堂玲人を飼う事は何人にも出来ん!
何処かの誇り高き偉人が残した格言だ。
これは正に俺の為にあると思った。
「あらあら、それは残念ね……。それじゃ今日はおあずけね」
ちょっ……ちょっと!?
女は残念そうに、だが恐ろしい事をさらりと言いのける。
「まっ……待ってくれ!」
昨日から飲まず食わずで、今日も……だと?
これには流石に焦った。
「さあ今日の躾を始めるわよ」
女は本気だ。嬉しそうな熱の無い瞳の奥には、本気で俺の腹具合等、知った事では無いのだ。
まずい! いくら俺といえど、エネルギー摂取を施さないと、これから耐えられるかどうか?
凡人なら即発狂だ。
「わ、分かった!」
「うん? 何がかしら?」
惚けやがって。決心が鈍る。
「……ン」
「聞こえないわよ」
不毛なやり取り。聞こえてる癖にわざとらしい。
ええい、ままよ!
この屈辱を力に変えて――
「ワォォォォン!!」
俺は有らん限りの憎悪を吐き出していた。
「まあ! そこまで吠える必要は無かったけど……」
女は途端に目を輝かせる。
これは俺の憎悪の開放だ。決してお前の為じゃない。
それにこの屈辱の代償は、これだけで億に達する。
積み重なった負債は、開放後には国家予算も超えてるだろう。馬鹿な女だ。
「本当にジョンは私の期待を上回ってくれるわぁ。良くできました、いいコね」
お前に誉められても嬉しくないし、自分の首を締めてる事に、こいつは気付いてない。
女は御機嫌にペットボトルの蓋を開ける。
「頑張って作った甲斐があったわ」
お前の努力等どうでもいい。余計な事喋ってないでさっさとしろ。
女は飲み口にストローを差し込み、俺の口元に持ってきた。
正に命の泉、母なる恵み!
俺は即座にくわえ込み、渇きからか一気に吸収しようとするが、慌ててはいけない。
まずはゆっくりと喉を潤し、隅々にまで浸透させる。
「美味しいでしょ?」
フルーツブレンド風味のお茶だった。
林檎に近い、甘酸っぱい果実の風味と、緑茶のハーモニーが味覚神経を駆け巡っていく。
悔しいが生き返る気分だ。これ程美味なるお茶は飲んだ事が無いと思える程。
だが勘違いするなよ。
これは極限までの渇きに裏打ちされた、単なる二重効果だ。水分は水分でしかない。
ペットボトルの半分程までの水分を飲み込んだ俺は、口を離し今度は食物を求める。
俺のパクパクした口の動きを見て、女はサンドイッチに手をやり、そして――
「はいジョン、あ~ん」
そう、男なら誰でも憧れるシチュエーションだ。
だが状況によっては屈辱でしかないが、昨日から何も摂取してない状態では、筋繊維が衰えていくのが当然の摂理。
まずは最高の状態を保つ事だ。
失ったプライドは、その後まとめて返せばいい。
俺は断腸の思いで女の手から、具沢山のサンドイッチに食らいついた。
――旨い。素直にそう思ってしまった。空腹付加価値といったアドバンテージを差し置いてもだ。
卵、ハム、チーズ、レタスの普通の組合せが、絶妙のハーモニーを紡ぎ出していた。
こいつの手作りという点を除けば、非の打ち所は無い。
「そんなに美味しそうに食べるなんて……。私の愛情を受け入れてくれたのね」
図に乗るなよ。
これは生きる為の、単なるエネルギー摂取だ。
女は上機嫌だが、俺は不機嫌だ。
こんなもので誤魔化せない。フランス料理位持ってくるのが当たり前だ。
それでも生きる為に完食した俺は、残りの水分補給を促す。
「はいはい。ゆっくり味わってね」
気が利かないな。行動は一秒以内だノロマ。
俺は再度、ゆっくりと水分を身体中に浸透させていく。
それにしても旨い茶だ。
少々生温いが、染み渡る果実の香りが堪らない。
はて……これは何の果物とのブレンドだろう?
「うふふ……ジョンの為に、私の朝一番搾りを持ってきた甲斐があったわ」
口内に水分を含んでいる最中、不意に女が漏らした言葉の意味。
……は?
“ワタシノアサイチバンシボリ”
まさか……?
じゃあこの甘酸っぱいのは――
「ブハァッ!!」
俺はその事実を理解した瞬間、口に含んでいた“モノ”を噴き出していた。
「きゃあ! いきなり何するの!?」
それは女の顔面にも掛かり、突然の事に怒声を上げる。
それはこっちの台詞だ!
とんでもないものを飲ませやがって!!
「オベェッ! ゲボッ!」
俺は口に残るとんでもない“もの”を、全て浄化しようと咳き込んだ。