テラーノベル
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「なんて勿体無い事をするの!」
女の目付きが変わり、理不尽な罵声を浴びせ掛けてきた。
「ジョンが飲み易いようにと薄めてきたのよ!」
そんな問題じゃねぇ!
薄めようが何だろうが、俺にそんなもの飲ませた事が問題だ。
俺のを愚民共が有り難って飲むのならまだしもだ。
「あやまりなさい!!」
何を謝れと? 思う間も無く女は右手は振り上げ――
「オブッ!!」
“パァ-ン”と乾いた音と共に、俺の頬に衝撃が走る。
誰にもぶたれた事の無い、俺のキリストの頬が……。
「早くあやまりなさい!!」
しかし感傷に浸っている暇は無い。
右の頬を打たれたら左頬も差し出す様に、とでもいわれんばかりに、俺は交互に打ち据えられていく。
どうみても逆だろ?
「――あやまれあやまれ!」
“パンパァ-ン”
い……いだい……。
「ごっ――」
「あやまれあやまれあやまれあやまれ!」
まるでマシンガン級の音階だ。
「ごめっ――」
駄目だ!
容赦の欠片も無い連続平手打ちに、口を開く隙が無い!!
「あやまれあやまれあやまれあやまれあやまれあやまれあやまれあやまれあやまれあやまれ!!」
女の目が……何も見えてない……。
「ご……ごべんな……ざい……」
もはや言葉にもなってないが、ようやくそれだけを言う事が出来た。
びびっていた訳じゃない。
俺の芸術的に美しい顔が、これ以上腫れるのが耐えられなかっただけだ。
女は機械の様に即座に動きを止め――
「ふ……うふふふ……。そう……分かればいいのよ……」
途端に御満悦な表情を浮かべる。
この狂人が!
「御免なさいね……でもこれはジョンの為でもあるのよ」
これの何処が俺の為だ?
こいつは本物のサイコサディストだ。
だがここで反論罵声は得策では無い。
「ぐっ……」
俺は歯軋りしながらも感情を抑え、押し黙っていた。
だがそれでも俺はこの負債額が、これで10億に達した事をこの状況にも拘わらず、誤差無くカウントしていた。後学の為にも――
「あら? まだ少し残ってるわよ。さあ飲んでしまいなさい」
女は僅かに残ったペットボトルを見てとり、完飲を促す。
冗談じゃない。
中身が分かった以上、飲むと思うのか?
俺が頑なに口を閉ざしているのは、はっきりとした拒否の顕れだ。
「我儘言っちゃ駄目よ。人は一日500mmの水分が必要なのよ」
もっともな事を言ってるが、これは水分じゃない、汚水だ。そもそも500程度では足りないのは自明の理。
何より阿蘇白川水源しか受け付けないこの俺に、この仕打ちの罪は余りに重い。
「もう! 仕方無いコね」
俺の絶対黙秘権に業を煮やしたのか、女はいきなりペットボトルに残った汚水を、自らの口に含んだ。
馬鹿だこいつ。まあ河豚は自分の毒では死なんだろう。
「えっ……?」
俺の考えは甘かった。
女は何やら含みのある妖艶な笑みで俺に近付き――
「っん!?」
俺の芸術的に高い鼻を摘まみ上げた。
息が出来ない、というか鼻が曲がる!
バランスがずれたら賠償100億じゃ利かないぞオイ?
「――っ!!」
と思う間も無く不意打ちだ。
女はいきなり俺の口内に口移しで、強制的に汚水を流し込んできたのだ。
生温く滑らかな感触と、拒絶反応を起こしかねない喉越しが伝わっていく。
「んふふふ……」
流し終えて尚、女は俺の寿液の最後の一滴まで味わおうと、暫し貪り続けていた。
「――っぐはぁ!」
名残り惜しそうに女は口を離し、俺はむせかえる様に咳き込む。
飲んでしまった。
そう思うと吐き気を催してくるが――
「美味しかったでしょ?」
そんな馬鹿な事を尋ねてくる。
「これなら薄めなくてもいけそうね……。明日から生でいこうかしら?」
女は目を輝かせたが冗談じゃない。
薄めてるだけでも言語道断だというのに、生……だと?
「嫌だあぁぁぁあぁぁ!!」
考えただけで身の毛のよだつ提案に、叫び声を上げてしまった。
そんなもの飲まされる位なら死んだ方がマシだ。
いや、死こそ無意味。汚水を啜ってでも生き延びねば。
俺は世界に必要なのだ。
「うふふ、冗談よ」
こいつの言う事は冗談に聞こえないから恐ろしい。
一瞬とはいえ、俺を怯懦させる等――
「さあ! 今日の躾を始めるわよ!」
しかし時間は待ってくれない。
だが俺はすぐに冷静さを取り戻す。
女はまた鞭で俺をいたぶるつもりなのだろう。
だが残念だったな。
俺の特殊能力“ラーニング”は一度受けた痛覚を記録し、次回から無効化するのだ。
俺に同じ技は二度と効かない。
痛がる“ふり”をして、反撃のチャンスを伺ってればいい。
だが俺のノストラダムス並みの予想を上回る、意外な言葉が女から放たれたのだ。
「今日の躾は“アメ”よ」
そう頬を赤く染めながら――艶かしい笑みを浮かべていた。
アメ……だと?
いきなり何寝惚けた事を言い出すんだこいつ?
寝言を寝てから言った方がいい。支離滅裂だ。
「ほらぁ、アメとムチって言葉があるでしょ? 猛獣を手懐けるのに、ムチばかりじゃ駄目って事よ」
確かに……。この女が言ってる事は正しい。
だがちょっと待て!
この俺を猛獣だと? 訂正しろ。
名誉毀損賠償1億……と。
これで計111億だ。キリがいいな。
「ちょっとの間だけ待っててね。すぐに良い物持ってくるから」
女は俺の頬に軽くキスを交わすと、小走りで此処から出ていった。
ふん……それにしても拍子抜けだ。
折角俺のラーニング能力を披露し、俺との埋められない差を痛感させてやろうと思ってたのだが――
「ふう……」
一息吐いた俺は、完全に何時もの冷静さを取り戻していた。
それにしても――
「アメ……か」
拍子抜けもいい処だが、悦楽なら甘んじて受けるのも悪くない。
「ジョン~お待たせぇ!」
女が何やら抱えて、高揚した声で戻ってきた。
待ってはいないが、俺をしっかり満足させろ――
「ん? 何だこれは?」
女が嬉しそうに俺の足下に置いたモノ――
「ウフフフフ」
恥ずかしそうに頬を赤らめているが、意味が分からない。
これの何処がアメだ?
普通の青い洗面器が無機質に――其処に置かれていた。
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