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「夜会!? 嫌です。絶対嫌です。行きたくないです!」
「まあ、まあ、そういわないで。ゼインも来るよ?」
「だから、行きたくないんですけど!?」
時は数週間前にさかのぼる。
久しぶりに行われる皇宮での夜会。お兄様はそれに出席するから、私もどうかと誘ってきた。いや、もうこの時点で強制参加だったのは言うまでもないが、強制参加を言い渡されて私は猛反発した。抗議の声を上げるが、お兄様はもう行くっていっちゃったんだよね、と勝手に決定事項だと言ってきて、私の文句は一切受け付けないといった態度をとった。お兄様のこういうところは嫌いだった。何でもできるのはかっこいいけれど、それゆえに抱いている劣等感。お兄様の思考が読めたらもう少し気が楽になると思うし、一人前だと自分で自分を褒められるのに。
お兄様は、くるくると指に髪の毛を絡めながら「いいじゃんねえ、ペチカとして夜会に参加したいって言ってたじゃん」と、私の昔からの願いを口にして優しく微笑んだ。
確かに、ペチカ・アジェリットとして、公爵令嬢として貴族の集まりに参加したいという気持ちはあった。でもそれは、そういう場に行きたいというよりは、キラキラしたあの空間に、一人のお姫様として参加したいという女児心的なあれで、妄想だけで済んでいたことだった。ただ、かわいいドレスを着て、ダンスを踊って。その瞬間を楽しみたいと。
だが、参加する限り私には、皇太子殿下の婚約者としての役割が与えられ、十分に楽しめないのではないかと思った。
はじめての夜会は、彼の婚約者として、彼を立てると。それがめんどくさいことこの上ないのだ。
「まあ、参加してほしいのは、そうだね……第二皇子殿下が参加するからっていうのもあるね」
「第二皇子殿下が?」
それまで楽しそうに話していたお兄様の表情は一変し、険しい顔で足を組み替えた。
「ペチカも知っての通り、今、第二皇子の派閥が力をつけてきている。このままじゃ、ゼインの座も危ういと思う。まあ、ひっくり返すにはまだ相当をつけないといけないだろうけど、それでも油断はならないね。ここで、ゼインが皇帝になるという意思を知らしめておかなければ、危ういね」
「危ういって。皇太子としての地位があるじゃないですか。皇位継承者候補第一、だから皇太子なのに」
「そうだよ。でも、ゼインの命を狙おうとしている輩はいるんだ。ペチカには初めて話すけど、最近、皇宮の近くで不審人物を発見したって聞いてね。警備が固い皇宮に侵入できる人間がいる……それって、かなりまずいことだろ?」
「た、確かに……内通者か、手引きした者がいないと簡単には潜り込めませんよね。でも、殿下は強いですし」
「そういう問題じゃないだろ、ペチカ。補佐官の裏切りは、隣国とつながっていたものだったけど、実は、第二皇子が敵国とつながっているかもしれないって噂もあって」
「ああ、もちろん。ここだけの話ね」と、機密情報をサラッというと、お兄様は、黙っていられるよね? と目で訴えかけてきた。その圧に、ごくりと固唾をのみつつ、私はようやくことの大きさに気が付いた。
(殿下が命を狙われるのは、これが初めてじゃないけれど……)
皇太子という身分から、彼を狙う人間は多い。帝国の未来を担う人間だからというのもあるし、彼がいなければ戦争に勝てるとでも思っているのだろう。どういう理由があれ、彼は生涯ずっと狙われ続ける身なのだ。それが、上に立つ人間の宿命。
殿下もそれを理解したうえで、気を張って生きている。彼が気を抜いたところなんて見たことがない。生きづらいだろうなと近くで見守りながら思うけれど、こればかりは何もしてあげられなかった。
「水面下での話だけど、表向きはゼインが皇帝になるという意思を見せればいいだけの話だから。いっちゃえば、アピールだね。そのために、ペチカは出席する必要がある」
「わ、わかりましたけど。私で務まるんですかね」
「何言ってるの? ペチカじゃなきゃ意味ないでしょ? 婚約者なんだから」
「……婚約者、そうですけど」
「さすがにかわいそうになってくるから、もう婚約破棄をする、なんて言ってあげないでね? ゼインはああ見えて、傷つきやすいんだから。それもペチカの言葉だとなおさらね」
と、お兄様は言って立ち上がった。
理由はわかった。出席しなければならないというわけも、そしてそこについて回る責任も。彼の婚約者は、彼と同じ宿命なのだと。未来の皇后として彼を支えていかなければならない。そして、彼と同じものを背負うことになる。
それはいい。彼の負担が減るのであれば、彼の苦しみをわかってあげられる立場になるのであれば。
でも、そうじゃない。
不自由すぎる殿下にしてあげられることが、こんなことなんて……私で務まるのかという不安はあった。騎士として彼を守り、支えることはできる。でも、ペチカ・アジェリットとして、何の肩書もなかった白紙の令嬢が彼を支えられるのだろうか。それは、世間の目という問題でもあるし、何よりも、やはり一人二役は厳しいのだ。
「わかりました。でも、殿下が心変わりしたらその時は潔く彼のもとを去りますから。もちろん、ペチカ・アジェリットとして」
「そんな人現れないよ。ゼインが、パーソナルスペース広いの知ってるでしょ? すでに、その中に入っているペチカは特別なんだよ」
「それは、一目惚れしたとかいう一時期の気の迷いで。それと、私と……べテルの顔が好きだからでしょ」
「それって、本当にそうなのかな?」
「何が言いたいんですか」
「いーや。まあ、いいや。ペチカ、ダンスは踊れる?」
「い、いきなり話変わりましたけど、それとこれと……あ!」
お兄様に言われて、私は夜会の楽しみの一つを思い出した。
お兄様の口角がぐっと上がって、面白そうに私を見つめている。絶対にからかってやろうというのが見て取れて逃げたい気持ちでいっぱいになる。
失礼します、とお兄様に背を向けるけど、タイミングを見計らったように私の両肩を掴んで引き寄せた。
「婚約者として、ダンスが踊れないのはどうなのかなあ?」
「だ、ダンス……婚約者としてとか関係ないのでは!?」
「まあ、そうだね。でも、本番でゼインの足なんて踏んだら笑いものだよ」
「私が、足を踏む前提みたいに」
「だって実際そうじゃない?」
と、お兄様は結末が見えているとでも言わんばかりに笑っていた。少しイラっとして、お兄様の挑発に乗ってしまえば、それからは自分のダンス音痴さに絶望するしかなかった。
関節がやわらかいほうではあったが、ステップが踏めない。回ることもできない。これがパンツスタイルだからいいものの、ドレスだったら絶対に引っかかってしまう、その上本番はヒールだろうし、お兄様の言った通り殿下の足を踏みかねない。お兄様には「それは、ダンスじゃなくて、剣舞だね」と笑われたし、結局頼み込んでダンスの先生をつけてもらったけれど、素振りよりも、日々の鍛錬よりもつらい日々を送る羽目となった。
最低限度身に着けたけれど、不格好すぎてみるも恥ずかしいダンス。夜会までに間に合わせられたのか危うくて、自分でも恥ずかしくて仕方がなかった。お兄様に言われなければきっと練習すらもしなかっただろう。
「ゼイン、きっと喜ぶと思うよ」
「そう思っているのは、お兄様だけですよ」
そして、いやいやながらに連れてこられた夜会。皇宮が近づいてくるにつれてため息が増えていく。それをお兄様は苦笑しながら見ていた。帰る? とは一回も聞いてくれなかったけれど。
「ううん、ゼインはうれしいと思う。きっと、足を踏まれても怒らないよ」
「はあ……ダンスが下手だから婚約破棄する! って言ってくれればいいんですけどね」
「さすがに、そんなことで婚約破棄してたら話にならないよ。大丈夫、ペチカならきっとゼインはすべて受け止めてくれるはずだから」
お兄様はそう言って窓の外を眺めて、目を閉じていた。楽しそうに鼻歌を歌って、でもそれは決して私を笑うようなものではなくて、祝福でもするような優しい歌を歌っていたのだ。
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