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あれから――何年が経ったのだろう。
人間たちが去った鬼の世界には、
まだまだ争いと差別、食欲に支配された文化が残っていた。
でも、そのど真ん中に立って、
優しい声で語りかける一人の“人間”がいた。
「……食べること以外にも、大切なことはあるんだよ。
命って、ただの栄養じゃない。心があるんだ」
鬼の世界で唯一の人間、シンム。
かつて“食料”として生きてきた少年は、
今や“先生”として、鬼たちの子どもたちに本を読み聞かせ、
争いを止め、命の大切さを説く存在になっていた。
彼の教室には、牙の鋭い鬼の子どもたちが並び、
静かに絵本を読みながら、「人間とはなにか」を学んでいる。
「先生、先生! このお話の人間、泣いてるけど、なんで?」
「悲しいとき、涙っていうのが出るんだよ。でもね、嬉しくても出るんだ。面白いでしょ」
「先生も泣くの?」
「……たまにね。でも君たちの笑顔が見れたら、それで満足かなぁ」
夜、窓の外に広がる月を見ながら、シンムは時々想う。
エマは、ノーマンは、レイは――元気かな。
「今ごろ、君たちはどんな大人になってるのかな。
僕はね、こっちで“お兄ちゃん”を続けてるよ。
この世界の弟や妹たちにも、たくさん愛してって伝えてる」
静かに笑って、写真立てを撫でる。
そこには、人間の世界に渡った日――最後に撮った、
エマ、ノーマン、レイと一緒の写真が飾られていた。
教室の黒板に、今日の言葉がチョークで書かれている。
「愛は、種族を越える」
教室の外では、鬼と人間の子どもたちが並んで遊んでいた。
もう、食べるか食べられるか――そんな世界じゃない。
優しい先生が、一歩ずつ築いてきた、平和の世界。