第4話「逃げるための地図」
夜の街は、昼とはまるで違う顔をしていた。
コンビニの光がにじむように滲んで、道路は静まり返っている。人も車も少なくて、世界が一枚の薄い布に包まれたような感覚。
「本当に、来たんだね」
つかさがそう言って笑った。
駅前ロータリーの端、バス停の暗がり。ひなたは、小さなリュックを背負って立っていた。
「うん。……ちゃんと来るって、言ったから」
まだ手が震えていた。
怖い。今すぐ親に見つかってもおかしくない。
でも、それ以上に、何かを選んだことへの高揚が、体を動かしていた。
つかさは、印刷した地図を取り出して、ひなたに見せた。
ペンで引かれたルート。バス、電車、徒歩。
街を抜け、いくつもの県境を越えて、やがて海のある町へと続く道。
「この通りに行けば、警察にも親にも追いつかれない。
顔は撮らせない。Wi-Fiはそこらで拾う」
全部、用意されていた。
こんなに真剣に、誰かと“未来”を考えたのは初めてだった。
「乗るよ」
時刻は23:55。
夜行バスがゆっくりとロータリーに入ってきた。冷たい空気がタイヤの音に震える。
乗り込んで、シートに座る。誰も話しかけてこない。
車内は薄暗く、眠気とエンジン音だけが支配していた。
「……つかさ」
声をかけると、隣の席のつかさが小さく「ん?」と返す。
「怖いけど、今、ちょっとだけ、息ができる気がする」
つかさは、しばらく黙って、それからぽつりと呟いた。
「私も。ひとりじゃなかったら、少しだけ、生きれるかもしれないって思った」
窓の外、街の灯りが遠ざかっていく。
誰にも気づかれず、ふたりだけを乗せて、バスは闇の中を進んでいく。
——これが自由だと信じている。
二人ならこの逃避行の先に待っている重さも乗り越えられる。
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