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お互い何も言葉を発することなく足を進める。
こんな、氷のように冷たい雰囲気は勇斗くんと出会ってから初めてだった。
生徒たちの声が遠くに聞こえ、風が通り抜ける音しか届かない。
俺が向かったのはあの、屋上へ続く階段の踊り場だった。
勇斗くんと初めて会った場所。
ここなら、素直になれる気がした。
それなのに、何から言えばいいか分からない。
隣に立つ気配が落ち着かなくて、指先で制服の袖を握りしめた。
怖くてたまらない。それでも、ここで逃げたら勇斗くんが離れていってしまうような気がした。
それだけは、絶対に嫌だった。
「…………昨日、ごめん。」
ようやく出た声は、自分でも驚く程弱くて、勇斗くんに届いたかどうかも危うかった。
答えはすぐになかった。
沈黙の一秒一秒が、針のように心に刺さって息苦しくなる。
「別に。」
短く返された声は、平坦だった。
怒っていないと言われたのに、突き放されたみたいで胸が痛くなる。
「なんでそんなに怒ってるの……?」
「怒ってないって。」
俺の言葉に被せるかのように、強く否定してくる 。
その言い方に、張り詰めていたものが切れてしまった。
「怒ってるじゃん!」
思わず声を荒らげてしまい、空気が止まる。
はっとして顔を上げると、勇斗くんは少し目を見開いたまま固まっていた。
徐々に表情が歪んできて、勇斗くんの瞳に涙が溜まり始める。
きつく結ばれた唇が、ゆっくりと開いた。
「……だって、…俺が居なくてもっ……楽しそうじゃん……」
その言葉に、視界が強く揺れた。
思ってもみなかった一言だった。
そんな風に見られていたなんて。
確かに文化祭の後、俺の学校生活は賑やかになった。
でも、勇斗くんと顔を合わせなかった間、俺の心の穴は空いたままだった。
「………そっちだって、」
違う、と言いたかったはずなのに上手く言葉にならなくて。
「女の子といたじゃん……。」
責めるつもりなんて無かったのに、気付いた時には言い返してしまっていた。
「………は?なんの事?」
「閉会式、………女の子と見てた。」
「あんなの、ただ着いてこられただけだよ。名前も知らない。」
「…………………へ?」
予想外の返事に思考が固まって、間抜けな声が出てしまった。
拍子抜けしたみたいに、力が抜ける。
けれど勇斗くんは、そんな俺にはお構いなく話を続けた。
「そんなことより、仁人が他の奴と仲良くしてるのが俺は嫌なの!」
胸が強く跳ねて、視線が泳ぐ。
意味を理解する前に、言葉が零れた。
「っ……なん、で?……なんで、俺が勇斗くん以外の人と仲良くしてると嫌なの?」
そう聞いた途端、勇斗くんの顔が赤くなる。
言葉を探すように何度も口が開いて、閉じられる。
勇斗くんは、目を伏せたまま拳を強く握りしめた。
「…………あー、もう、」
耐えきれなくなったみたいに、勇斗くんが顔をあげる。
息を飲むような静寂が流れ、勇斗くんの唇が動く。
「仁人のことが、好きだからだよ!!」
静寂を切り裂くような声だった。
頭が真っ白になって、勇斗くんが何を言ったのか分からない。
好き?
今、勇斗くんは本当にそう言ったのだろうか。
まるで、全身が心臓になってしまったかのように鼓動がうるさい。
何か言わないといけないのに、頭が追いつかなくて言葉が出てこない。
すると、勇斗くんが小さく息を吐いた。
「………今の、忘れて。」
気まずそうに頭を搔いて、背を向けられる。
帰ってしまう。
そう考えるよりも前に、体が動いていた。
自分より大きな背中を、 必死に抱き止める。
「………………俺も。」
喉が震える。
胸の奥にあった答えを、ようやく掴んだ。
「俺も、勇斗くんが好き。」
俺の言葉が落ちた後、どちらも動けなかった。
さっきまでとは明らかに違う甘い沈黙が、静かに二人を満たしていた。
大好きな背中を抱きしめたままでいると、勇斗くんの肩が小さく揺れるのを感じた。
「………っなに、それ。俺たち両思いだったってこと?」
振り向かれた顔は、少し困ったように、呆れたように笑っていた。
久しぶりに見る勇斗くんの笑顔に、緊張の糸が解けていく。
つられて、俺も笑ってしまった。
「……そう、みたいだね……っわ!」
返事を待つ間もなく腕を引かれて、勇斗くんは痛いくらいの力で俺を抱きしめてきた。
戸惑いながらも、ぎこちなく背中に腕を回すと、頭上から笑い声が漏れ始める。
「ふっ。もう、なんなの。両思いだったのにお互い勝手に嫉妬して、喧嘩してさ。ほんっとに意味わかんない。」
「ふふっ……ほんと、だね。」
遠慮がちに回していた腕を、ゆっくりと回し直す。
二人の間に隙間なんてないくらい密着して、勇斗くんの体温に包まれる。
ドキドキで頭がぼーっとする。
このまま二人一緒に溶けてしまいたかった。
「ねぇ……仁人。」
「ん?なに?」
暫くして、そっと腕の力が緩んで、 名残惜しむみたいに優しく体が離される。
鼓動が落ち着かないまま顔を上げると、勇斗くんは、他の誰にも見せないような笑顔をしていた。
「名前……呼んで欲しい。」
「……もう、呼んでるじゃん。」
「ちーがーう。呼び捨てで。ね、お願い?」
そう言いながら勇斗くんは、首をこてんと傾げた。
まるで子犬のような目でこちらを見つめてくる。
そんな表情があまりにもズルくて、断る理由が見つからなかった。
「…………っぁ////」
呼ぼうとしても、喉の奥でつっかえて素直に出てきてくれない。
名前を呼ぶだけなのに、どうしてこんなにも緊張してしまうのだろう。
その答えは簡単だ。
俺が今から呼ぶ名前は、ただの同級生でも、仲のいい友達でもない。
愛しい愛しい、恋人の名前なのだから。
「………………は、ゃと////」
「ん、何。仁人。 」
「はや、と……///」
「仁人。」
「勇斗……好き。」
「俺も、仁人が好き。」
勇斗の表情が緩み、ゆっくりと顔が近付いてくる。
どちらからともなく、そっと瞼を閉じる。
勇斗の吐息が唇にかかって、お互いの呼吸が混ざり合う。
最終下校の時間を知らせるチャイムが鳴り響く中
俺たちは初めてのキスをした。