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「ごめんなさいね……クライヴ君に話かけられて舞い上がっちゃったの」
「いいんですよ。こっちもひとりでしたし、話相手がいる方が楽しいです」
私達が案内されたのはふたり掛けのテーブル席。私は相席でも気にならないし、普段から通い詰めてる常連なのだ。『とまり木』にはカウンター席のようなものは無いので、混んでいる時にひとりでテーブル席を占領してしまうのはちょっぴり申し訳ないなという気持ちもあったので丁度良かった。
「それより何食べられます? 私は苺のタルトにしようかなって思ってるんですけど」
外での待ち時間を利用して注文を決めていたので、すぐにでもオーダーできる状態だけれど、このご婦人はどうだろうか。クライヴさんが案内時に渡してくれたメニュー表をテーブルに広げた。苺のタルトは期間限定商品でもあり人気だ。
「私も同じにするわ。いつもはチーズケーキがお気に入りでそれを頼むんだけど、たまには違うものも良いかなって。それに、このタルトは今しか食べられないものね」
「ですよねー!! 限定品って一度は食べておきたいですよね。飲み物は……紅茶かなぁ。フルーツジュースも美味しそうだけどケーキがフルーツ系だし……」
このケーキも美味しかった、このスープは辛味が強いので苦手な人は注意が必要とか……自分が食べたことのある料理について感想を述べながら情報交換をする。やはり同志との会話は弾むな。
ご婦人と雑談を楽しんでいると店内の客がざわつきだした。何事だろう……皆はとある一点を見つめている。そこはバックヤードへと続く通用口だ。私も周囲に倣ってそちらに注目していると、給仕をしていたクライヴさんと女性店員が中へ入っていく。そして、彼らと入れ違いに店内に出てきたのは……
「レナードさんと……ルイスさんっ!!」
これで確定した。今日はフルメンだ。ふたりの若い男性店員に女性客は釘付けだった。みんな食べる手が止まっている。私も推しの姿に心臓がバクバクとうるさいくらいに鳴っていた。
「あぁ……クラヴェル兄弟ヤバい」
隣の席に座っている女の子達の会話が聞こえてくる。彼女らに全力で同意だ。ヤバいよね……分かる。
このふたり、なんと兄弟なのだ。兄がレナードさんで弟がルイスさん。兄弟の割には似てないけどね。タイプは違うがふたり共素敵なことに変わりはない。似てない兄弟なんて世間にはいくらでもいるし……些細なことだ。
見た目だけではなく、お客さんへの対応の仕方も全然違う。レナードさんは恐らくこの店で一番接客が上手い。女性の扱いに慣れているような感じもする。
そんな兄とは逆にルイスさんの方は接客が苦手なのが丸わかりだ。それでもたどたどしい敬語で一生懸命対応してくれる姿は好感度が高く、母性本能を擽られるご婦人も多いようで、クライヴさんに次いでマダム人気が高い。かくいう私もそれにやられた口である。
「レナード君って美人さんよねぇ……見て、あの長くてふさふさなまつ毛。マッチ棒何本乗るかしら。お肌も綺麗で羨ましいわ。ルイス君は可愛いって感じよね、目もおっきいし……それなのに言動はちょっと粗野な所が素敵。ふたりが兄弟って聞いた時はびっくりしたけど、思えば他の店員さんと比べて雰囲気が親密だったから納得よね」
ご婦人……めちゃくちゃ喋るな。クライヴさんを語る時は初心な娘さんのようだったのに……。クライヴさんの前であたふたしていたとは思えない饒舌ぶりだ。きっと推し以外には冷静になれる人なんだろう。
彼らはセット人気も高い。時折見せる兄弟のやり取りが微笑ましいからだ。レナードさんは弟大好きでルイスさんを構いたくて仕方がないのに、ルイスさんはそんな兄を鬱陶しそうにしてるところなんかも面白い。いいなぁ……仲良し兄弟。
「ご注文がお決まりでしょうか?」
「あっ、えっ……はい」
兄弟をガン見し過ぎてレナードさんと目が合ってしまった。私達のテーブルに彼が近付いて来る。レナードさんは高身長なので近くで見るとより迫力が増す。ご婦人も言っていたけど……ほんと綺麗な顔してるよな。でも決して女性っぽいというわけでもない。身長が高いので細身に見えるけど、クライヴさんに負けないくらい体付きもがっちりしてるんだよね。これはフルメン全員にもいえることなんだけど、カフェの店員さんって私が思っているよりもずっと、体力が必要でハードなお仕事なのかもしれない。
「苺のタルトと紅茶をそれぞれふたつ、お願いします」
うっかりレナードさんに見惚れてしまっていた私をフォローするかのように、ご婦人がてきぱきと注文を伝えてくれた。私だけでなく、周りの客はみんなレナードさんに意識を持っていかれてたのに……やっぱり推し以外には冷静なんですね。
レナードさんはオーダーシートに注文を書き込んでいる。ただ文字を書いてるだけなのにカッコいい。よく見たらレナードさん、今日は髪の毛ハーフアップにしてるじゃん……美形は何やっても似合うな。
「かしこまりました、少々お待ち下さいませ」
メニュー表を私達から回収すると、彼は一旦バックヤードへと帰って行く。その去り際に、私へちらりと流し目をよこした。
「ふぇっ!?」
魅惑的な微笑みを浮かべながら顔を見つめられて理性が飛びそうになった。何これ……何だこれ……!?
「ああ、レナード君って時々こういう思わせぶりなことするのよね。多分アレ確信犯よ。自分の顔の良さ分かってて悪戯に若い娘さんを惑わすんだから……悪い男ね。その気も無い癖に」
レナードさん……ご婦人に散々な言われようですよ。更にご婦人は、本気になっちゃダメと私に有難い忠告までして下さいました。いやいや、それは無いですよ。向こうもお仕事だし、ちょっとしたサービスのつもりだろう。それでも、あんな色気を多分に含んだ眼差しを向けられたら、分かってはいても勘違いしそうになってしまう。
何度も来ているのに、さっきのような事をされたのは初めてだった。私は何とか持ち堪えられたけど、彼のファンの女性だったらひとたまりもなかったと思う。きっと恋に落ちてしまう。あれを意図的にやっているのだとしたら……確かに罪作りな人だ。