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それは突然の事でした。いつものようにあなたの仕事部屋を掃除している時のこと。ふと目に入った物がありました。あなたのデスクの上に置いてある一冊の本です。その本のタイトルは『Diary』日々の出来事を記録する日誌が無造作に置かれていました。この時私はその日誌が気になりましたが、それはいくらなんでも非常識なのではと感じ、その本には手をつけず部屋の掃除を終わらせました。今思えばこの時点で気づくべきでした。あなたからの『最期の時』が近づいているということに……。
サダハルさんの仕事部屋の掃除を終え用具を片付けようとしていたとき向かいの廊下からこちらに歩いてくるあなたを見つけ手を振り呼びかける。
「サダハルさん」
「ん?マナ今日も掃除してくれたのか?」
「はい。それが私の日課なのでやらないとむしろ違和感なんですよね」
「私の部屋だから私が片付ければいいんだが、いかんせんやろうという気概が湧かなくてね…」
「好きでやってるので別に気にしなくてもいいですよ。それより、今日はどちらに?」
「今日は地上に少し用があってね」
「もう外に出られるのですか?」
「正確に言えば地下から地下にある家に行ったというのが正しいかな」
「こちらで生活が出来るのに何故地上にも家が?」
「元々ここは研究所として使っていて、私以外にも何名もいたんだ。彼らと共に研究をするため寮として地上に家があったのだが、みな命を落としてしまってね。それでわざわざあの家に戻る必要が無くなってここにいるって訳だよ」
「そういうことだったのですね。しかし、その寮に一体何が?もう使っていないのなら行く必要は無いのでは?」
「もしかすると外の空気を綺麗にする方法とかあるかもって淡い期待を抱いててね。もちろんそんな都合のいいことはなかったけどね。」
「そうですか。やはり外はまだ厳しい環境なんですね。」
「マナならもう外に出てもそれほど悪影響はないと思うが、生身の私が出ることはまだまだ先って感じだね。」
その言葉を発した後どこか遠くを見つめるあなたは当時のことを思い出していたのか、それとも……。
「なんにせよ寮に行って成果は得られなかったよ」
「それは残念ですね。」
「まぁ、マナが居てくれるだけ私からすれば大変ありがたいからね。」
「ふふっ、恥ずかしいのでやめて貰えます?」
「これは失礼。では、私は少し仮眠をとるよ。」
「はい。お体に気をつけてください」
そう言いあなたは寝室にと向かい歩き出した。この時既にあなたは六十代後半。私の目には若々しく映っていましたが、非情にも現実は私が思うよりも酷なものでした。
あなたが仮眠をとると話しはや六時間。仮眠ではなくしっかりとした睡眠を取っているもんだと私は思ってましたが、事態はもっと酷いものでした。あなたの様子が気になり寝室に行くとベッドでうなされているあなたが目に入り、すぐそばに駆け寄り声を何度もかけ意識がはっきりしているかを確かめようとしました。少ししてあなたは目を覚まし、起き上がると大きな咳を何度かしてこちらを見る。
「おぉ、マナ。どうかしたか?」
そう話すあなたの顔色は六時間前と比べ明らかに青ざめていて声のトーンもいつも通りを装っているが明らかな空元気というのが私でもわかる。
「それはこちらのセリフです。一体何を見てうなされていたのですか?」
「……いや、なんでもないよ。」
「サダハルさん。私になにか隠してることはありませんか?」
この発言にあなたは驚きを隠せなかった。何故ならいつも受け身の態勢をとっていた私がここまで感情をあらわにし、あなたの事を心配したからだ。
「……………」
「なにか私にも言えないことが?」
「…いや、いずれ話す必要があるとは思っていた。」
「?」
「恐らく私は近いうちにこの世を去るだろう。」
衝撃の一言があなたの口からポロリとこぼれた。私はずっとあなたと一緒に居れると思っていた。けどそれはこの非情な現実から目を背けるための、いわば都合のいい言い訳のようなもの。頭では理解していた。私とあなたは生き物として別の存在。あなたには寿命や病気によって命を落とす確率がとても高いけれど、私は無機物で病を恐れることも無く寿命も人間という生物と比べれば断然長く生きられ、それこそ私の動力源自体が機械仕掛けなのだから動くために必要な燃料さえ与えられれば、半永久的に生きられる存在なのだ。そう、私が生まれた瞬間からあなたと共に生きれる時間に限りがあることは知っていたはずだ。しかし、その別れという言葉から目を逸らすということを始めてしまったのは感情が芽生えたことが原因だった。この時、生まれて初めて『感情』という言葉、概念そのものが嫌いになった。感情がなければこんな悲しい思いをすることなくあなたの死を受け入れられたというのに、感情を手に入れたから問題を先延ばしにして目を背けその時楽しければそれでいいという生活を送ったが故に突きつけられたこの事実。私は、平然を保つことはできなかった。
「元々私は持病を持っていてね。その病自体治すことはまだ難しかったが発作を抑えることは可能だった。だから薬を飲めば何とかなっていたんだが…」
「その薬はもうなくてねあとはその病と向かい合って最期の時を待つことしか出来なくてね。けど、これを君に伝えるのは酷だと思ったから伝えなかった。伝えられなかったんだ。」
「そう……ですか…。」
「君に伝えれば今みたいなきっと悲しい顔をする。それは予想着いたから、せめて君の見えないところで亡くなりたかった。」
「そんな悲しいこと言わないでください……」
「ま、この現状を見られたからにはもう隠し通すことできないね。恐らく私はもう寝たきりの生活を送ることになる。もし老いていく私が見られないなら君の手でそっと最期を締めくくって欲しい。」
「それは……それだけはできません。私を生んでくれたのはあなたです。そのあなたを私の手で殺めることはできないです。親殺しなんて私にはできない。申し訳ないです………。」
「いや、君がその決断をしたなら私は何も言わないさ。」
その声はいつか聞いたあの優しく諭すような温かみがある声色で、こんな酷な現実の中でもその言葉だけは安心を感じられた。
「よし、それじゃあ私も最期を何もせず待つのは退屈なのでね。死ぬまでに最後のお話でも書こうかな。」
「私に出来ることがあればお呼びください。」
「あぁ。残りわずかな時間だがよろしく頼むよ」