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臣桜
50,509
畝澄ヒナ
119
#短編
五來 小真
29
『……二年前、命日に墓参りに行ったら、母と妹を轢いた犯人、中山茂の家族が墓参りに来ていた。……なぜ速水家の墓を知ってるか分からんが、葬儀も行われたし、調べようと思ったら調べられたんだろう。……その家族たちはこう言った』
尊は息を震わせながら吐き、荒ぶる気持ちを落ち着かせてから告げる。
『中山茂の息子は一千万円の借金を作り、当時、家族たちは破産する覚悟をしていたそうだ。……そこに篠宮怜香と名乗る女性から声を掛けられ、一千万円を肩代わりし、別途報酬として二千万円渡すから、とある親子を轢き殺してほしい……、と提案されたと』
その言葉を聞いた瞬間、ぐっ、と息が詰まり、座っているというのに、足元がガラガラと崩れ落ちていく感覚を得た。
尊に対する母の憎しみは、常軌を逸していると感じていた。
けれど、夫を奪われた悲しみが根源にあるなら、ある意味仕方がないとも思っていた。
――でも、これはやりすぎだ。
――こんな事をしていたのなら、もう庇えない。
俺は涙を流し、膝の上でギュッと拳を握る。
『……すまない』
『別に兄貴が謝る事じゃねぇだろ。お前は母親のやっていた事を知らなかったし、この犯罪に関与していない』
そう言い切れる尊を尊敬した。
世の中には、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという人もいるし、母の事を毛嫌いしているなら、その息子である俺も憎まれても仕方がないと思っていた。
でも尊は俺に心を許しきれないながらも、感情と現実をしっかり切り分けていた。
『悪いが先に言っておく。あの人はイケイ食品の社長、伊形啓士と数年にわたって不倫をしている。その証拠もしっかり掴んでいる』
さらなる事実を突きつけられ、心が悲鳴を上げそうだ。
でも今度は俺がつらい現実に直面し、しっかり受け止める番だと思った。
尊は俺よりもずっと悲惨な目に遭っている。
なのに俺が被害者ぶるのは違う。
いい歳した息子なら、母親が罪を犯したのなら、償うよう進言すべきだ。
『……分かった。……本当にすまなかった』
『ショック受けたろ。悪い。……でも母と妹が意図的に殺害されたなら、犯人には罰を受けさせなければならない。一度は〝老人がブレーキとアクセルを踏み間違えた〟という事になったが、後ろであの人が糸を引いていたなら、黒幕もきちんと処罰されるべきだ。……俺は母と妹に対して、墓前に花を供えるぐらいしかできない。でも他にもやれる事があるなら、すべてを擲ってでも真実を世間に知らしめる』
暗い炎が灯った目の奥には、もう絶対に止める事のできない覚悟が宿っていた。
『会社は炎上するだろうし、社長、副社長に就いているお前たちもどうなるか分からない。俺はそれを承知の上であの人を断罪する』
俺は尊を見つめ、頷いた。
『……分かった。正直、俺は副社長でなくたって構わない。これからエミリと結婚して、彼女と子供たちを養っていけるなら、どんな場所で働いてもいいんだ』
そう言った時、エミリが俺の手にそっと自身のそれを重ねた。
『私はどこまでもついていくわ。私には風磨さん以外の人はいない。……それに、尊さんが復讐したいという気持ちも分かるし、怜香さんは罪を償うべきだわ』
尊は寄り添う俺たちを見て、泣きそうな顔で笑う。
『二人とも、ごめんな。……でも、俺は殺された二人に、これぐらいしかしてやれないんだ』
一番つらいのは尊なのに、俺は次から次へと涙を流し、首を横に振った。
『俺たちの事は気にしなくていい。尊の思うようにやってくれ。母だからと言って庇うつもりはない。罪は罪だ。……それに尊だっていい加減、母の作った檻から解放されるべきだ。好きな場所で仕事をしていいし、自分が好きになった人と幸せになってほしい。……俺に兄と名乗る資格なんてないかもしれないけど、……俺は兄として尊の幸せを祈ってるよ』
『…………ありがとう』
尊は安堵したように少し笑い、サッと目尻を手で拭う。
『まだ、水面下で証拠を集めているところだ。二人は誰にも何も言わず、黙っていてほしい』
『分かった。全面的に協力する』
『時には何もしない事が〝協力〟になる事もあるって知っているし、できる事があるならいつでも言ってほしいわ』
『感謝する』
その日の食事は味気ないものとなってしまったが、重要な一歩を踏み出す日となった。
決して前進とは言えないが、母が抱えている罪は裁かれなければならない。
息子として、篠宮風磨という一人の成人男性として、篠宮怜香の罪を放置する事はできないと感じた。
別れ際、俺は尊に尋ねる。
『尊、…………いつか、すべてが終わったあと、俺たちとまた食事してくれるか? 次はもっと楽しい話題で』
すると弟はいつもの皮肉げな笑いを浮かべた。
『それまでに、楽しい話を提供できるようにしておく』
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コメント
1件
第937話、読み終えました。尊が真実を告げる場面、重かったですね……。風磨さんの「俺は兄として尊の幸せを祈ってるよ」というセリフが胸に刺さりました。母親の罪を認めながら、それでも弟の幸せを願う。その覚悟と優しさに、グッときました。二人の間に流れる沈黙や、エミリさんの寄り添い方も含めて、すごく丁寧に描かれているなと。また楽しく食事できる日が来ることを、僕も願っています。