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「僕、ドラマでは何回かデートのシチュエーションやった事あるんですけど、現実でデートするのこれが始めてかも知れません」
「そ、そうなんだ……」
始めてのデート、俺で良かったの? なんて聞けなかった。
待ち合わせ場所にはゆず君が先についていた。ゆず君曰く、彼氏が先についているという設定にするらしい。だから、俺はわざと遅れさせられてきた。
さすがに、いつもの紺色のジャージではなくて、それなりのかっこで来るだろう……と思っていたのだが、いつも通りのダサ紺色のジャージに黒いキャスケット帽子を被っているだけという、デートに着てくるような服ではないベスト一位みたいな格好をしていた。
(ゆず君は、見た目だけは本当に完璧だから、逆にその恰好のせいで……)
祈夜柚という俳優が街中を歩いていたらそれはもう注目の的になるだろうし、その隣に歩く俺は? という事態も防ぐべく、目立たないように、とは言ったけど、まさか、いつも通りの服装で来るなんて誰が予想しただろうか。ジャージに黒いキャスケット帽子はあっていない。組み合わせを返ればもう少しマシになるのかも知れないが、今の状態じゃ、不協和音を奏でているだけだ。これじゃあ、俺だけが張り切っているみたいになってしまう。
「朝音さんは、格好良く決めてきたんですね。デートだからって張り切っちゃいました?」
「そりゃ、デート……っていうシチュエーションだし」
「でも、実際BL世界の男子ってそこまで考えるんですかね」
「う……そう言われたら、そうかも」
昔から、ちょくちょく女の子的な思考あるね、とは言われていたけれど、それを指摘されるとは。と俺は、肩を落とす。性自認は男だし、好きになる性別は女だと思っているんだけど……好きになる対象はもしかしたら違うのかも知れない、なんてゆず君を見て思ってしまう。それは良いとしても、確かに、そこまで、デートだからって張り切らないかも、とは思ってしまった。
「でも、似合ってますよ。朝音さんの夕焼けの瞳と、服の色凄くあってると思います」
「あ、ありがとう……」
と、微笑まれながら言われると悪い気はしない。自分でもチョロいって思う。ゆず君ってたまに格好いいところあるから、ずるい。
瞳の色を誉められるなんて、初めてだなあと思った。遺伝だから、気にしたことなかったけど。
(でも、そういうゆず君の瞳も俺は、好きなんだけど)
宵色の瞳。アメジストよりも深くて、でも綺麗な瞳。亜麻色の髪とその宵色がマッチして、祈夜柚という人間をさらに磨き輝かせているような感じがした。
「じゃあ、ここから恋人同士のデートにはいるので、お願いしますね。朝音さん。打ち合わせ通りに」
「う、うん」
「ああ、力まないでくださいね。『俺』がリードしてやるから、朝音さんは『俺』に委ねて?」
ドクンと、心臓が脈打った。
多分、ゆず君が俳優の顔を出すときは『俺』と認証が変わるんだろう。それをスイッチに、演技が始まる。
ガラリと変わったゆず君の雰囲気に圧倒されつつ、差し出された手を、俺は固唾を飲み込んだ後、取った。すると、スルッと指を絡められ、あっという間に恋人つなぎをされてしまった。あまりにも自然で、それで、慣れているようで、俺は一気に体温が上がった。
「じゃあ、行こうか。朝音さん」
「そ、そうだね……」
ゆず君に促されるまま歩き出す。
俺の歩幅に合わせてくれていて、ゆず君はエスコートに慣れているの? と思ってしまった。だって、いつもの自由人ゆず君からは考えられない。『演じている』んだなっていうのが分かった。でも、違和感がなくて、そういう人もいる、という感じに自然に入ってくるし、受け入れられた。
それから向かったのは映画館。
恥ずかしながら、カップル席なるものに座り、その間も恋人つなぎをしていた。俺は、恋愛映画なんて見たこと無かったし、ずっと手を繋がれている状況だったので、ドキドキして、映画の内容が入ってこなかった。けど、ちらりと横を見れば、ゆず君は真剣にその映画を眺めていた。時々頷いたり、首を傾げたりして、演技を中心に見ているんじゃ無いかと思った。矢っ張り、同じものを見ても、注目するものは違うんだな、と改めて思った。
映画が終わって、ぞろぞろと、退出し始めれば、「立てる?」なんて、手を差し出されて、思わず取ってしまった。気遣いまで出来て、何処まで神経を張っているんだと思うぐらい完璧だった。でも、つかれないか心配で、俺はゆず君の顔色ばかり見てしまう。けれど、嫌な顔も、汗一つかかないゆず君は役者だと思った。高校二年生の時から休業しているといったわりには、現役というか。
「朝音さん?」
「何?」
「デート楽しくない?」
「え、ううん。いや、全然そんな」
「じゃあ、もっと楽しもう? じゃなきゃ、僕が、書けないので」
と、ゆず君は笑うと、俺の手を引っ張って次の目的地に向かって走り出した。
『僕』と言ったゆず君は、いつものあざと可愛いゆず君だった。