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第二章:遠ざかる背中
春が過ぎ、新緑の匂いが風に混じり始める頃には、僕たちの世界はもうすっかり別の軌道を回り始めていた。
卒業という二文字が、もはや避けて通れない現実として目の前に迫るにつれて、ふたりの間を繋いでいた細い糸は、音を立てることもなく少しずつ、しかし確実にすり切れていった。
最初は、ほんの小さなすれ違いだったはずだ。
卒業対策委員会の仕事や、それぞれのクラスでの役割が忙しくなり、君が放課後の教室に残っている姿を見かけない日が増えた。僕の方も、中学に向けた準備や、なんとなく気まずくなった空気から逃げるように、チャイムが鳴ると同時に教室を飛び出すようになっていた。
「ごめん、今日の放課後、用事があるからノート返せないや。また今度ね」
下駄箱の前や、廊下の曲がり角で聞いたその台詞を、最後に聞いたのはいつだっただろうか。
その「今度」や「明日」が訪れないまま、気づけば何日も、いや何週間も、あのノートは互いのランドセルの底や机の引き出しの奥で眠ったままになっていた。かつては毎日、一言でも言葉を交わし、机を合わせて物語の続きをパスし合っていたというのに。
いまや、同じ教室の前後、あるいは斜めの距離に座っていながら、僕たちが交わす言葉はゼロだった。
朝の登校時、通学路のすれ違い頭を軽く下げるだけ。廊下でばったり出会っても、周りの冷やかしや、何を話していいのか分からない気まずさに負けて、お互いに目を逸らしたまま通り過ぎてしまう。
手を伸ばせばすぐ届く、たった数メートルの物理的な距離が、どうしようもなく遠く感じられた。心も、時間も、そしてふたりの秘密だったはずのノートさえも、残酷なほど遠くへ引き離されていく。
それでも、ふと机の引き出しの隙間から、あの使い古したノートの表紙が覗くことがある。
ページをめくれば、そこにはまだ、あの春の温もりのまま止まっている瑞々しい物語があった。君が書いた強がりな女の子のセリフと、僕が書いた不器用な男の子のセリフ。
けれど、そのペンを走らせる手の先にあるはずの現実の温もりは、もうどこにも残っていなかった。
僕たちは、自分からこの関係を壊そうとしたわけじゃない。
ただ、それぞれの進む未来、それぞれの新しい環境へと引っ張られるように、自然と、そして取り戻せないスピードで、ふたりの時間は引き裂かれていく。
校庭の桜の木からすっかり花びらが消え、青々とした葉が茂る季節のなかで、僕たちの関係は名前をつける間もなく、ただ音もなく形を失いかけていた。
コメント
1件
うわあ……切ないね。距離は数メートルしかないのに、心がこんなに遠くなることあるんだなって思った。あの「今度ね」が永遠になっちゃうパターン、リアルすぎて胸が痛い。季節の移り変わりと一緒にすれ違ってく感じが映像みたいに浮かんできたよ。青い子さんの描く空気感、めちゃくちゃ好き。続き、どうなっちゃうんだろう…(泣)