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 桜舞い散る豊公園を、はしゃいだ声が駆け抜けていく。


 始業式を終えたばかりの小学生たちは久し振りに顔を合わせた喜びと、新たなクラス編成を受けての興奮を全身で表していた。


 ただでさえ薄紅の花吹雪は気分を昂揚させ、その声を高らかにする。


 中でも落ちていた枝を握りしめ、高らかに名乗りを上げている石井光成は、群を抜いてその空気を満喫していた。


「やぁやぁ我こそは天下無敵の大剣士! 遠い奴らは音に聞け、近けりゃ寄って目にも見よー!」


 ぶんぶんと枝を振り回す光成に対峙しているのは、同じく枝を握った小林金吾だ。


 しかし金吾はその名乗りに眉間を顰め、小首を傾いで唇を尖らせてみせる。


「みっちー、それなんか違うんじゃない? ちょっと変だよ」

「そうか? いいじゃん、どうせ誰も気にしないって! 覚悟しろ金吾!」

「え、待ッ、もう!? わぁ!」


 思いも寄らぬタイミングで斬りかかられて狼狽し、足先がもつれて転倒した金吾の姿に、ケラケラと光成の大笑が向けられる。


「バッカだなー金吾、あせった時は即断即決! 逃げるか突っ込むか、とにかくどっちかだ! 逃げりゃあチャンスを待てる、突っ込めば相手の不意を突けるって。うちの父さんなんかは、困った時は乾坤一擲って言うけどな」


「けんこんいってき?」


 尻餅をついたままの金吾に手を差し伸べ、引き上げる。


「イチかバチかの大博打に出ようぜってことなんだって。乾坤ってホラ、うちの山組にある曳山のさ、常磐山! あれの幟にも書いてあるからさ、なんか覚えちゃった」


 ヒヒと笑う光成に、そうかと金吾も頬を緩める。


 そこに、テニスコート脇の通路から声が投げられた。


「へぇ、お前でもそんな難しい言葉知ってるんだ」

「っ、この声……!」


 トゲのある言葉に、光成の顔が苦々しく歪む。


 振り向けば、トレーニングウェアに身を包み、その場をグルグルと走り続けている佐嶋清興がいた。


 たびたび羽目を外す傾向にある光成に対し、少々尊大な態度を見せることが多い清興は天敵のような存在だった。


「清興! なんだよ、お前に関係ないだろ!? なんでこんなとこにいるんだよ!」


「僕は長距離走の選手だぞ、この辺りは毎日のトレーニングコースだ。そういう意味で言えば、お前がここにいる方がイレギュラーなんだよ」


「そ、そうかもしんねーけど……!」

「第一、いま僕は褒めたんだぞ。光成は難しいことは覚えられないんだろうと思ってたからね、意外すぎて思わず声を掛けたほどだ」


「それのどこが褒めてんだよ! ホンットいちいちムカつく奴だな!」

「あぁ、ここに関しちゃ奇遇だな。僕もそう思ってるし、小学校最後の一年がお前と同じクラスなんてうんざりするよ」


「ちょっと二人とも、こんなところでやめなよ!」


 金吾の注意を受けて周囲を見れば、先ほどまで上がっていたはしゃいだ声は水を打ったように静まって、代わりに何事かと問うような視線が光成と清興に注がれていることに気付く。


 教室や学校ならまだしも、公共の場で、しかも悪い意味で注目されるのは肩身が狭い。


 光成は思わず引き攣ったようにへらりと笑って頭を掻くと、お騒がせしましたと会釈をして見せた。


「なぁ、お前もなんとか……」


 自分にだけ謝らせるのは筋が違うと見返ると、清興はすでに国民宿舎側へと走り去ろうとしているところだった。


「おっま……清興! 卑怯だぞ!!」

「なにが卑怯なもんか、大声出してたのはお前だけだろ」

「そういう屁理屈こねるとこが気に入ら……!?」


 光成が再度食ってかかろうとした時だった。


 公園中のスマートフォンから、けたたましいまでの災害アラームが鳴り響く。


「なんだ!?」

「地震!?」


 長浜は災害と縁遠く、心臓を突き上げるようなその音に慣れている者は少ない。まして災害アラームを使用しての全県訓練など予定されていなかったはずだと、慌てて画面を確認する。


 そこには、到底信じがたい文面が緊急通知として映し出されていた。


「尾上温泉沖に巨大ロボット出現!? なんだよそれ、なんかのロケとか……」


「どこかSNSでライブ配信とか……あった、みっちー!」


 金吾の声に、光成が画面を覗き込む。


 配信者が興奮しているのか、カメラがぶれて安定していない。


 しかし沖から覗いていた部分がはっきりとするに従い、どうやらそれが半魚人のような姿である事を見て取ると、二人は危機感など忘れ、思わず噴き出していた。


「だっせぇ!」

「確かに大きいみたいだけど……ふふっ、災害アラームを出すようなものとは思えないよねぇ?」


 こうなっては、もはやフェイクニュースを見ている気分だった。


 コミカルな姿から恐らくなんらかの企画かなにかだろうと見当をつけ、デザインが悪いだのチープすぎるだのと好き勝手に批評していく。


 しかし次の瞬間、その半魚人ロボの背びれ部分が展開して射出され、配信者の背後にある山本山が着弾と同時に爆破されたことで、急激に笑顔が凍り付いた。


 次いで、恐らく時差で届いたのだろう爆音が恐怖心のスイッチを押す。


 殷々と空に響く音に、思わず空を見た。


「……おいおい、マジのやつかよ」

「まずいよ、あれがこのまま南下してきたりしたら、僕らもかなり危ないよ! どこか避難しないと……!」

「避難っつったって、山一つ吹っ飛ばせるような武器持ってる奴相手にどこに逃げりゃ……!」


 その時、再度スマートフォンが激しく鳴動した。


「わっ、たっとったぁ!?」


 驚きすぎて取り落としそうになるのをなんとか受け止め、受信メールの件名を見る。


「……『【緊急】呉服町組、石井光成くん』?」


「あ、僕にも来た! 北町組、小林金吾くんだって」


 顔を見合わせ、同時にメーラーを起動する。


「黒壁ガラス館地下へ」

「……これだけだね」


 黙り込み、しばらく逡巡する。


 しかし再度遠くから爆撃に似た音が響き渡り、二人は引き攣った顔で頷き合った。


「でも今は!」

「ここに行くしかないよね!!」


 決めるや否や、停めておいた自転車に飛び乗り、黒壁ガラス館へと走り出す。


 どれだけの人間が現状を理解しているのか、慌てた様子はありつつもどこか信じ切っていない様子の人々を追い越していく。


 光成自身もまた、これを現実だと飲み込めてはいなかった。

湖国防衛ヒキヤマイザー

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