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「いってきまーす。」
子どもたちと、いつまで経っても帰らない皇太郎がいない時間をねらったおかげで割と難なく出かける事ができた。高校時代に使っていた自転車がまだ動いたので久しぶりに僕の愛車にまたがる。都会ほど車がないので、たまに通る農家の軽トラだけ注意していればよくてとても気楽だ。登り坂の途中にあるにあるさびれたバス停の自販機で水を買って休憩をする。高校三年間この同じ坂を毎日駅まで止まらずに通えていたのにだいぶ体力が落ちたものだ。よし、あと半分。
道路沿いに自転車を止めて砂利の敷かれた道をジャリジャリと音を立てて歩く。5年前に一度来た事があるだけなので正確な場所を忘れてしまっていたが数分迷ってやってたどり着く。
「来たよ、澄麗ちゃん。」
返事がないのはわかっていた。手を合わせてから僕は四角い石に刻まれた『橘澄麗之墓』という文字を見上げる。澄麗ちゃんは5年前、交通事故で死んだ。
「姫奈!悠晴!待って!」夏休みの部活の帰り道だった。僕と姫奈は横断歩道を先に渡ったほうが勝ちという、今思えば本当にくだらない遊びをしていた。息を切らして反対側で待つ僕たち、笑いながら駆け寄る澄麗ちゃん。と思うと急に、明らかなスピード違反と信号無視のトラックが突っ込んできた。視界に広がる血がすべて澄麗ちゃんのものだと言うことが理解できなくて頭は真っ白になり、吐き気とともに全身の骨という骨が震えだした。
「悠晴!救急車、救急車呼んで!私スマホ無いの知ってるでしょ!ねえ悠晴!」
全然周りの音が聞こえなかった。姫奈が僕からスマホを取り上げたことも気づかなかった。ただ、道の真ん中で苦しそうに、それでもまだ息をしている澄麗ちゃんしか目に入らなかった。
「ゆ、ゆうせい…ご…めんね。」
そういうや澄麗ちゃんは抵抗しながらも目を閉じて、二度と動くことはなかった。
あれ?涙が出ない。僕が現実から目を背けて、澄麗ちゃんはまだ生きていると自分を思い込ませていた間に、僕はこんなにも虚ろな人間になっていたのか。愛する人の死すらもまともに悲しめない僕には果たして生きる価値があるのだろうか。ああ、ないんだ。僕の生きる資格なんて、澄麗ちゃんを目の前で死なせてしまったときからなかったんだ。なんだ、ちゃんとわかっているんじゃないか。
「ああ、全部僕のせいだ。」
そんなことはないと思うけど。」
澄麗ちゃん?振り返る。もちろんそんなはずはなく、そこに立っていたのは姫奈だ。
「あからさまにがっかりするのやめて。」
「ごめん。」
「本気で自分のせいだと思ってるの?」
「……」
「あれは事故だから誰のせいでもなかったんだよ。」
「事故だったら澄麗ちゃんが死んでもしょうがないって言いたいの?そもそも僕のせいだって最初に言ったのは姫奈じゃん!」
5年前、澄麗ちゃんのお葬式で姫奈は僕に平手打ちを食らわせて、静かに込み上がる怒りを僕にぶつけた。『悠晴がもっと速く行動していたら澄麗は生きてたかもしれないのに。のろま、ろくでなし、なんで生きてるの?』姫奈の棘のある言葉が深く心に刺さって、今も僕を苦しめている。
「悠晴、あのときは、その…ごめん。」
どうしてみんな謝るのだろう。姫奈も、澄麗ちゃんも、澄麗ちゃんの両親も。『ごめんね悠晴くん。きっと責任感じちゃってるよね。大丈夫だよごめんね。』嫌だ。もう全て忘れたい。気にしなくて良いようになりたい。澄麗ちゃんにもう一度会いたい。もう死んでしまいたい。
「僕もう行くよ。」
「待って!目をそらさないでよ。もういい加減前に進んで。澄麗はもう死んだんだから。」
「わかってるよ。」
「悠晴が前に進まないと私も進めないじゃん。悠晴がずっと過去に、澄麗に、囚われてるから私の気持ちにも気づいてないんじゃん。だって、私だってずっと悠晴が好きだったんだよ!」
少し驚いたけどもう遅いよ姫奈。僕はもう崖の淵に立っている。もう決心したんだから今更後戻りなんてできない。
「悠晴なにしてんの?そっちは…」
唐突な理解と焦りが姫奈の顔に現れる。ほんと姫奈は昔から頭が冴えてるな。
「悠晴だめ!お願い!嫌だよ悠晴!」
「僕もう面倒になったんだ。もう迷惑かけないから。秀也達とか皇太郎はよろしく。」
振り返る。一つ深呼吸をする。目を閉じる。
ガシャーーン
「…は?」
僕ではない。僕はまだ飛んでない。鉄がアスファルトに打ち付けられる音。それに消されかけながらも確かに耳に届く小さな悲鳴。こんな光景を僕は5年前に見たことがある。澄麗ちゃん。いやちがう。姫奈。