4
バラの咲き乱れる中庭を抜けて、私たちは古本屋を通って表の通りに出た。
魔力磁石に目を向ければ、今度は通りの左を指している。
「あっちですね」
真帆さんは私の持つ磁石を覗き見て、それから古本屋の中に顔を向けた。
「――茜ちゃん! ちょっと出てきますね!」
茜ちゃん、と呼ばれたのは古本屋のレジに立つ、茶色い髪を後ろで束ねた若い女性だった。
大学生くらいだろうか?
彼女は値付けしていたらしい本から顔を上げて、
「はーい」
ちらりとこちらを向いて、気のない返事をしただけだった。
「さぁ、行きましょうか!」
「あ、はい」
歩き出した真帆さんのあとを追って、私も慌てて歩き出す。
通りを左に折れると、その先に見えるのは小高い山と頂上付近に立つ小さな塔。
しばらくその歩道を歩いていくと、途中で磁石の針が右を示した。
「次、右ですね」
私が言うと、真帆さんは「はいは~い」と答えて横断歩道を渡ってT字路を右に折れた。
そこから進むこと数分。駅前通りに出たところで、今度は左を指し示す魔力磁石。
「左ですね」
「は~い」
目の前に見えてきたのは、私がいつも通勤で電車に乗る大きな駅だった。
例の、おじさんに突き落とされそうになったあのホームがある駅だ。
魔力磁石はそのまま、私たちを駅の方へと案内していく。
「駅に向かってますね。電車に乗っていく場所なんでしょうか?」
私が訊ねると、真帆さんは「ん~」と口元に指をあてて、
「たぶん、違うと思いますよ。そろそろ会えるんじゃないでしょうか。あちらもこっちに向かってきていると思うので」
「こっちに向かってきている……?」
「もう夕方ですからね。帰宅中のはずですから」
「あぁ、なるほど……」
しばらく歩いて、私たちは駅の中に入っていった。
新幹線口を抜けて、そのまま在来線の乗り場の方へと足を向けて、
「そろそろ、このあたりで待ちましょうか」
「え、でも……」
「ほら、磁石を見てください」
真帆さんに言われて魔力磁石に目を向ければ、その針がくるくると回り続けていた。
真帆さんはその魔力磁石に手を伸ばすと、今度は自身の手のひらに軽くのせて、
「もうこっちのホーム着いているんでしょう。そろそろですよ」
「でも、それが誰なのかわかるものなんですか?」
「もちろん!」
と真帆さんは、自信満々に頷いた。
それからほどなくして、改札口からたくさんの人々がわらわら出てくる。
その様子に、私は思わず耳をふさごうとして、
「……あれ?」
不思議とあたりは静かだった。
おかしい、こんなに人がいれば相当に騒がしいはずなのに、全然うるさくない。
どうして、と思いながら真帆さんに目を向けると、右手を軽く上げて、人差し指をくるくると小さく回している。
「いったい、何を――」
真帆さんはくすりと笑んで、
「いえ、うるさいのは苦手とお聞きしていたので、私たちの周りだけ、少しばかり音量を下げてみました」
「そ、そんなことができるんですか?」
「えぇ、短時間だけですが」
それから「あ、そうだ」と思い出したように口にして、
「お帰りの際に、もう一度うちに来てください。同じ効果のある魔法道具があるんですよ。試してみませんか?」
「ほ、本当ですか? お、お願いします!」
そう返事した時だった。
「――あれ? 真帆ねぇ?」
声がして改札口の方に顔を向けると、そこにはひとりの少年の姿があった。