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何故、私はかぼちゃの馬車ならぬピックアップトラックに揺られてお城に向かっているのでしょうか。
「今日なら、ひいじいさんもいる」
唯由を車に押し込めた蓮太郎は運転しながらそんなことを言ってくる。
ひいじいさんがいたら、なにが起こるのでしょうか。
「蓮形寺、ひいじいさんの塔に行こう」
ひいじいさんの塔とはなんですか。
お宅のひいおじいさまは、どんなラスボスですか。
などと考えているうちに、意外に近かった雪村本邸に着いていた。
「あれがひいじいさんの塔だ」
蓮太郎が指差す。
敷地内に幾つかある洋館の後ろ、小高い山の中腹に大きな日本家屋があった。
「……立派な日本建築のようですが」
「位置的に、塔っぽいだろ」
と言う蓮太郎に連れられ、真正面にある洋館に入った。
「おや、唯由様。
いらっしゃいませ」
とイケメン執事、大王直哉が出迎えてくれる。
「正妻になられるか、愛人になられるか、お決めになられましたか?」
……正妻と愛人って、そんなに自由に行き来できるものでしたっけね?
そう思いなから、唯由は屋敷の中を見回す。
「……素晴らしいお屋敷ですね」
「そうか。
それはよかっ……
蓮形寺!?」
突然、消えた唯由を蓮太郎が呼ぶ。
唯由はメイドたちに窓拭きのコツを聞いていた。
「素晴らしい窓ですっ」
「蓮形寺っ」
唯由はメイドたちに床磨きのコツを聞いていた。
「素晴らしい床ですっ」
「蓮形寺っ」
唯由は玄関ホール中央にあるバカラのシャンデリアを見上げ、年配の使用人にシャンデリアの手入れについて聞いていた。
「素晴らしいシャンデリアですっ」
「蓮形寺~っ」
「ものすごい楽しいです、このお屋敷っ」
「それはよかったですね」
と直哉が微笑んだとき、その後ろから若い可愛らしいメイドが手を振った。
「唯由様~っ」
以前、蓮形寺家で働いていたメイド、早蕨友希だ。
継母によって使用人たちが辞めさせられたとき、唯由はみんなを親族の家に割り振ったが。
友希は、
「友だちと同じお屋敷で働けることになったので、私は大丈夫です」
と言って辞めていったのだ。
唯由に負担をかけないよう、自分で就職口を探してくれたようだった。
そうか。
ここだったのか、と唯由は駆け寄り、再会を喜ぶ。
「唯由様っ。
お会いできて嬉しいですっ」
二人で抱き合い、ひとしきり騒いだが、唯由から離れた友希が真顔になって言ってくる。
「……それはそうと、何故、通勤スーツで来られましたか。
雪村家にご挨拶に来られたのでは?」
ええ。
愛人としてのお披露目で……と唯由が思ったとき、蓮太郎が後ろから言ってきた。
「大丈夫だ。
蓮形寺はなにを着ても愛らしい」
「熱々ですね、いつの間に」
ひそひそと言ってくる友希に、唯由もひそひそと返す。
「全然熱々じゃないの。
物を見るように私を見てるの」
「なにしてるんだ。
行くぞ、蓮形寺。
ひいじいさん、今日はいるはずだ」
中央の大階段に足をかけた蓮太郎が振り返り言った。
洋館の上の階から山に抜けられる場所があるらしい。
いってらっしゃいませ、と今、唯由がお掃除のコツを聞いたメイドたちや友希が階段下から頭を下げて見送ってくれる。
「いってらっしゃいませ、唯由様、蓮太郎様」
と直哉も頭を下げた。
うん、と頷き階段を上がりかけた蓮太郎だったが。
「待て」
と足を止め、直哉を振り返る。
「なんで俺が蓮形寺で、お前が唯由だ……」
だが、蓮太郎に睨まれても直哉はその整った顔を乱すことなく平然と言ってくる。
「蓮形寺だと月子様と混乱するからです」
「……月子は関係ないだろう。
見合いは断った」
だが、ははは、と直哉は笑って言う。
「止まりますかねえ、見合い。
一族の意思の前では、蓮太郎様の意思などチリに等しいですよ」
どんな執事だ……と思ったが、まあ、そうだろうな、と同じような家で育ってきた唯由は理解する。
「唯由様が一時的にでもおうちに戻られたらよろしいんですよ。
月子様でも、唯由様でも。
お見合いされるのはどちらでも良さそうでしたよ」
……それはそうなのかもしれないが、と思いながら、唯由はチラと蓮太郎を見上げる。
雪村さんが欲しがってたのは、スキャンダルを巻き起こしてくれる愛人。
見合い相手なんて健全な女になったら、私は用無しなのでは……?
「やかましい。
唯由は愛人だ。
それ以外の何者でもない」
蓮太郎は直哉にそう言い捨てて、さっさと階段を上がっていく。
友希が、
う~ん。
この王子、イケメンだけど、微妙な人ですよね~……という顔で、唯由を見た。
階段を上がると、山に続く渡り廊下があった。
陸橋のような感じで、高さがあり、ちょっと怖い。
風も吹き付けてくる中、蓮太郎は少し先を歩いていた。
前を見たまま言ってくる。
「俺はお前と見合いなんてしない」
うっ。
「お前は、親が勝手に決めた政略結婚の相手なんかじゃない。
俺が選んだ愛人だ」
蓮太郎は足を止め、唯由を振り返ると、その手を握ってきた。
最初に強引に手を引いてきたときと同じようでちょっと違うと感じたのは、その力の強さのせいか。
自分を見つめる瞳のせいか。
俺が自分で選んだんだって、王様ゲームでたまたま当たっただけのような気がするんですけど、とか思いはしたのだが……。
なんとなく嬉しくて、
「……はい」
と言ってしまっていた。
「愛人の蓮形寺です」
ひいじいさんの塔こと、雪村真伸の自宅の一室に唯由はいた。
無駄に広い和室なのだが。
蓮太郎の曽祖父、真伸の後ろには立派な刀が飾ってあって、唯由は反射的に、
殺られるっ、と思ってしまう。
愛人だからだ。
だが、そんな唯由には、今、気になることが二つあった。
一つは、真伸のヒゲだ。
丁子染めの着物姿の真伸は眼光鋭く唯由を見ながら、ヒゲをさすっているのだが。
そのヒゲがオナガドリの尻尾かと思うくらい長く。
どうやってそこまで伸ばしました? とつい見てしまう。
もうひとつは、今のセリフだ。
『愛人の蓮形寺です』
いや、さっき唯由って呼びませんでしたっけ?
何故、また逆戻り……。
もしや、さっきのは大王さんに張り合っただけなのですか?
っていうか、執事と張り合う主人ってどうなんですか、と思いながら、唯由は横に正座している蓮太郎を見る。
そのとき、
「蓮形寺唯由さんじゃな。
大王から聞いておる」
と真伸が唯由に呼びかけてきた。
直哉ではなく、執事長である直哉の父から、唯由のことを聞いたと言う。
「蓮太郎は唯由さんとお付き合いさせてもらっているとか」
「いや、付き合ってはいない」
蓮太郎は真伸に向かい言い切った。
「こいつはドロ沼な愛人だ」
どうドロ沼!?
まあ、月子と見合いして結婚したら、リアルドロ沼かもですが。
私は所詮、雇われただけの偽の愛人ですしね、と唯由は思っていた。
だが、真伸は何故か、
「ほうほう。
ドロ沼な愛人か。
それは情熱的でいいことだな」
と機嫌がいい。
「いや、めでたい。
こんな礼儀正しくて美しい蓮形寺のお嬢さんと。
いい組み合わせだ。
大王、酒を持て」
いつの間にか障子の向こうに控えていた、この屋敷に不似合いな執事に真伸は声をかける。
はい、と英国貴族に仕えていそうな白髪で品のいい執事が頭を下げた。
大王直哉とよく似ている。
直哉の父親である執事長のようだった。
「じいさん、蓮形寺は愛人ですが」
と蓮太郎が言ったが、真伸は深く頷き、
「愛人。
愛する人か。
情熱的じゃの」
いきなり単語、分解しないでください……。
「そういえば、ラマンはいい映画じゃったの。
唯由さん、和食と洋食、どちらがお好みかな?」
「わ、和食ですかね」
「では、こちらの屋敷に用意させよう。
夕食を食べていきなさい」
「えっ、でもっ、私、愛人ですしっ」
泥沼でスキャンダラスな愛人が実家にご招待されて夕食とかどうなんですか。
うむうむ、と真伸は頷き、
「蓮太郎に初めてできた大事な人だ。
丁重にもてなそう。
大王。
広間に食事を」
と立ち上がってしまう。
だが、真伸は行きかけて振り返った。
「ああ、唯由さん。
あんたのお父上は、家はあんたに相続させるつもりのようだが。
うちはそんなもの目当てにしておらんから、身一つで嫁いできなさい。
では」
柔和な表情を消して、バシッと言い切ると、そのまま行ってしまう。
真伸を見送りながら、蓮太郎が呟いた。
「蓮形寺の後継者は出て行ったお前なのか?
そりゃあ、継母にも月子にもやられるな」
「……そんなつもりない、という意思表示も込めて出て行ったはずなんですけどね。
それにしても、なんだかんだで手土産も持たずに来てしまったのに、夕食までご馳走になるとか」
そうだ、と唯由は知り合いの店に電話した。
「服部さん、すみません。
もうすぐ閉店ですよね?
あの、お店、まだケーキとかあります?
焼き菓子とかでもいいです。
明日の営業に支障がない程度に店内のもの、全部持って来てくださいますか?
配達料もお支払い致しますので。
はい。
お願い致します。
今、雪村真伸さんのご自宅に伺ってるんですけど。
急だったので、手土産も持たずに来てしまって。
場所、わかります?
……ええ。
日持ちしないもので大丈夫ですよ。
ここで働いてらっしゃる皆様にもお配りしようかと。
お金、明日振り込んだので大丈夫ですか?
こちらこそ、いつもありがとうございます」
唯由はスマホを手にしたまま、ぺこぺこ頭を下げた。
「……なに店買い占めてんだ。
なんだかんだでお嬢様気質、抜けてないな……」
と蓮太郎が呟いていた。
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