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セイラが来るまでの間、休息を取りつつ何か仕事でも見繕おうとしていたシンノスケだが、その目論見は早々に崩れ去った。
「完全に失念していた!個室もベッドもあるが予備の毛布等がないじゃないか!マークス、お前も気付かなかったのか?」
「そんなこと言われましても、私は寝具を使用しませんので、これは完全にマスターの落ち度です」
「そんなことは分かっている」
受け入れ態勢がまるで整っていないことに気付いたシンノスケはその準備に追われることになったのである。
そして、セイラ受け入れの準備を進める傍らで組合に赴いて仕事を見繕っておくことにした。
セイラの初仕事となる予定の今回は護衛の仕事でなく運送業務を受ける予定なのだが、条件の良い仕事の依頼が見つからない。
リナに聞いてみようかと思ったが、別の自由商人の対応をしているので声を掛けられないので、リナの手が空くのを待とうと思い、ベンチに座り合成フルーツ茶のキャップを開けた時、シンノスケの前に2人の男が表れた。
ザニーとダグの2人組だ。
「よう、シンノスケじゃねえか。しけた面してんな。こんなところで何やってんだ?」
直接対面するのは始めての筈だが、馴れ馴れしく声を掛けるのはザニー。
「運送の仕事を探しに来たんですが、丁度良いのが見当たらないので受付に相談しようと思っていたんです」
「運送?お前の船はそんなにペイロード無いだろう?はっ?30トン?そんなの商売にならないじゃねえか。バカじゃねえのか?そんなことより俺達みたいに護衛の仕事を請け負いながら海賊狩りをしていた方がよっぽど儲かるぜ」
かなり失礼なことを言うザニーだが、不思議なことにそれ程頭にこない。
「ザニー、他人の仕事には口を挟むべきじゃない。誰がどんな仕事をするのかは俺達自由商人の自由で、全て自己責任だ」
対照的にダグの方は思慮深いようで。
なんだかんだでバランスの取れたコンビなのかもしれない。
「急遽見習いを雇い入れることになったんですよ」
「聞いているぜ、セイラとかいう娘だろ?あのギャラクシー・キャメルに乗ってたんだってな」
「情報が早いですね」
「情報も何も、本人が言っていたからな。あの娘、わざわざ俺達に礼を言いにきたんだが、その時にお前の船に乗るって聞いたんだよ。組合が仲介したみたいだが、あんな頼りない娘、お前も面倒事を抱え込んだもんだな」
頼んでもいないのに隣に座るザニーだが、公共のベンチだから文句も言えない。
「まあ、いずれはクルーを雇う必要もあると思っていましたから特に面倒ということでもないんですが、彼女はまだ若く経験も無いですからね、最初の仕事位は危険の少ないものにしておくべきかと思いましてね」
「そういうもんか?俺ならば初っ端は本来の護衛業務に連れて行くな」
「なかなか厳しいですね」
ザニーの言葉にシンノスケは苦笑するが、それまで黙っていたダグが口を開く。
「俺もザニーと同じ考えだな」
「えっ?そうですか?」
首を傾げるシンノスケ。
「だってよ、俺達はただの自由商人じゃねえ、護衛艦持ちだ。戦闘に特化した護衛艦の仕事といえば荒事が大半じゃねえか。危なくない仕事から、っていうシンノスケの考えも分かるが、最初から厳しい現実を見せてやるのも手じゃねえのか?」
粗野だと思っていたザニーだが、ザニーの言葉も一理ある。
「なるほど。セラを危険な目に会わせないことばかり考えていましたが、護衛艦に乗る以上は避けては通れない道ですからね」
「だろ?シンノスケは軍隊上がりだから考えが間怠っこしいんだよ。要は現実を目の当たりにするのが早いか、遅いか、ってことだ。わざわざ好き好んで護衛艦に乗ろうってんだ、あの娘だって頭では覚悟してんだろ?だったらその考えに現実を追いつかせてやればいいんだよ。っと、余計なこと言っちまった。ダグに注意されたばかりなのにな。まあ、決めるのはお前だ、好きにすればいいさ」
「そうですね。もう一度考えてみます。アドバイス、ありがとうございます」
素直に礼を言うシンノスケ。
「相変わらず堅苦しい奴だな。別に礼を言われるようなことじゃねえよ。俺が勝手に絡んだだけだ」
笑いながら立ち上がったザニーは
ダグと共に歩き出したが、数歩歩いたところで何かを思い出したかのように振り返る。
「ところでシンノスケ。お前、何でそんな不味い茶を飲んでんだ?」
シンノスケの手にある合成フルーツ茶を見たザニーの言葉にシンノスケは苦笑しながら首を傾げた。
「さあ?私にも分かりません」
「なんだそりゃ。まあいいや、じゃあな」
ザニーに絡まれて?いる間にリナの受付も空いたようなのでリナにも相談してみることにする。
「来週の仕事の予定ですか?運送でも、護衛でも幾つかご紹介できる依頼がありますよ」
そう言ってピックアップしてくれた依頼に目を通すシンノスケ。
それらを見ている時にふとあることを思い出し、それを一緒に済ませられるような仕事を見繕う。
リナが提示した仕事の中から条件に合致する仕事を見つけ出し、契約することができた。
そして翌週、予定どおりセイラがシンノスケのドックにやってきた。
持ってきた荷物は小さなキャリーバッグ1つのみだ。
マークスにドックの中に案内されたセイラはドック内に停泊しているケルベロスをまじまじと見上げた。
「これが私が乗る船・・・」
ケルベロスを目の当たりにしてポツリと呟いたセイラ。
「XD-F00ケルベロス。サイコウジ・インダストリー製のコルベットです。全長85メートル、船体幅18メートル、エンジン部を含めた全幅25メートル。元は軽駆逐艦として建造された重武装、高機動のコルベットです」
マークスがケルベロスの概略を説明する。
「綺麗な船・・・」
ケルベロスに見とれていていたセイラは搭乗口のタラップの上から見下ろしているシンノスケに気付いた。
「あっ。あのっ、カシムラさん、今日からお世話になります。よっ、よろしくお願いします」
頭を下げるセイラを直立の姿勢で見下ろしていたシンノスケが口を開く。
「目の前のタラップを登り、艦内に入るともう後戻りはできませんよ。貴女がこの艦に足を踏み入れたその瞬間から貴女は見習いとはいえこのケルベロスの正式なクルーと見なします。その覚悟は完了していますか?」
シンノスケを見上げていたセイラは自分の足下とタラップの上にある搭乗口を見比べるとシンノスケを見習って直立の姿勢を取った後に足を踏み出す。
決意に満ちた表情でタラップを1段1段踏みしめるように上ったセイラは搭乗口の前に立つシンノスケに正対した。
「セイラ・スタア、乗艦します」
セイラの頭を下げる敬礼に対してシンノスケは挙手で答礼する。
「乗艦を許可する」
乗艦許可を得たセイラは今度はケルベロスに正対して敬礼する。
危険を共にする船に対しての船乗りの儀礼だ。
いよいよ艦内に足を踏み入れたセイラはシンノスケとマークスにブリッジへと案内された。
「さて、セラも正式にこの艦のクルーになったのだから、これからは素の言葉で話させてもらおう。改めてケルベロスへようこそ。シンノスケ・カシムラと相棒のマークスだ。そして、ここがセラの職場となるケルベロスのブリッジだ」
セラはブリッジ内を見渡した。
主操縦士席兼艦長席に副操縦士席、その他にオペレーター席が3つに大小多数のモニターが並ぶ。
研修船に乗ったことは何度もあるが、このブリッジは軍用艦なだけあって設備がまるで違う。
「凄い・・・。あのっ、カシムラさん、マークスさん。私、一生懸命頑張ります」
「うん、一生懸命頑張ってくれ。早速だが、明日から仕事だ。今日のところは身辺整理をしてくれればいい。シャワールームも自由に使ってくれて構わないし、艦内を好きに見回ってくれても構わない。マークス、セラを居室に案内してやってくれ」
「分かりました」
マークスに案内されてブリッジを出ようとするセイラにシンノスケが思い出したかのように声をかけた。
「それから、俺のことはカシムラでなくシンノスケと呼んでくれて構わないからよろしく」
「えっ?・・・はっ、はい。分かりました、シンノスケさん」
セイラは頭を下げてブリッジを後にした。
セイラのために用意されたのはケルベロスに3室ある個室のうちの1室だ。
3メートル四方程度の広さの室内にベッドと机、ロッカーが置かれている。
「こんなに良い部屋を・・・。いいんですか?」
軍用艦の士官用個室サイズで決して広くはないが、それでもセイラにとっては贅沢に感じる環境だ。
「今まではマスターが艦長室を使っていただけで個室が余っていますからね。ご自由にお使いください」
「マークスさんのお部屋はないんですか?」
「私は睡眠も休息も必要ありませんからね。ブリッジの総合オペレーター席が私の定位置で、その他に格納庫の隅に身体の整備用のスペースがあるだけで十分です」
セイラを案内したマークスがブリッジに戻り、1人残されたセイラ。
シンノスケに言われたとおり身辺整理をすることにしたが、そもそもセイラの荷物は小さなキャリーバッグに収まる程度のものしかない。
衣類をロッカーにしまい、船舶学校で購入した教材のデータディスクを机の引き出しに入れれば終わりで、身辺整理はものの30分も掛からずに終わった。
そして最後に机の上にフォトフレームを置く。
戦闘機動でも倒れないように固定したフォトフレームにはセイラと両親の姿。
家族で出掛けた最後の旅行の際に記録したもの。
「お父さん、お母さん。私、頑張るから、心配しないでね・・・」
セイラの人生の新たな船出だ。