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◻︎それから20年後の現在
「松村チーフ、こっちのやつ、まだ検品されてないようなので確認お願いします」
「はい、了解!今行く」
「チーフ、今度の日曜日は子どもの運動会なので、お休みします」
「わかった、代わりは誰かに頼むからしっかり応援してきてね」
アルバイトで始めたこの仕事も、侑斗の成長に合わせて勤務時間を長くして、そのうち正社員で雇用され、チーフとして食品売り場を任されるようになった。
短時間でのアルバイトやパートさんで、ほとんどの仕事をまわしている。
近頃では、応募してきた人の面接もするようになった。
普段は休憩室のこの場所も、アルバイト募集をかけた時は面接会場になる。
急なシフト変更にも対応してくれた未希と、本日2回目の休憩をとっていてふと思い出した。
「そういえば…」
「ん?なにか?」
未希はよほどこのメロンゼリーが好きなようで、2回に分けてゆっくりと食べていた。
「うんとね、ちょっと思い出したんだけどね。佳苗さんがうちに面接にきたとき、ちょっと不思議に思ったことがあって…」
「不思議?不思議ちゃんとか?ま、たしかに少し正体不明のとこはあるけど」
「あの日、面接した日ね、真夏でめちゃくちゃ暑かったんだよ」
「んー、私はおぼえてないや」
「ま、暑かったの。でもね、長袖のシャツに長袖のカーディガンみたいなの着てた、下はジーンズで」
あー美味しかった、とゼリー容器をゴミ箱に捨てる未希。
「めちゃくちゃ寒がり、冷え性とか?」
「うーん、汗かいてたから違うね」
「じゃあ…?」
「テレビドラマの見過ぎかもしれないけどさ、見えるところにアザとか傷痕とかあるんじゃないかって思って」
「えーーーっ!ドラマ見過ぎ!てか、見えちゃったとか?」
「いやいや、見えたことはない。でも、半袖を着たのを見たことないなと思ってね」
未希は、腕組みをして考えている。
「…ということは、DVってこと?」
「なんかそんなふうに感じちゃった。あの人、まだ新婚なのに旦那さんの話とか一切しないでしょ?」
「そうなのかなぁ?」
「ただの寒がりならそれでいいけどね」
「もしもそうだとしたら、チーフのご主人とは対極にいるタイプですね?チーフのご主人はめっちゃ優しいって聞いてるから」
「あ、うん、そうだね、優しさなら一番だね」
「いいなぁ、なんでもやってくれる優しいご主人で。この幸せものっ!」
幸せもの…幸せなはずなのに、どこか満たされないような感覚がずっとある。
誰かに話してもきっと、ただのわがままだって言われるだろうけど。
汗をかいたらブラのレースの部分が、痒くなった。
やっぱりコットンのやつがいいや、と思った。
久しぶりに実家に帰ってきた。
「家事はほとんどしなくていいし、仕事に没頭できるなんて恵まれてる。それはわかってる」
最近ずっと考えていたことを、思わず母親に愚痴ってみた。
「それのどこが不満なの?お母さんにはわからないけどなぁ」
「仕事もね、キャリアウーマンほどの仕事でもないし、これくらいの仕事なら家事と上手にこなしてる人、たくさんいるよね?」
「いるだろうけど。邦夫さんが家事をやってくれるようになったのって、洋子が病気したからでしょ?」
「…そうなんだけど…」
淹れてもらったコーヒーが冷めてきた。
ロールケーキのクリームは、少し甘い。
「何が不満なの?」
「うまく言えないんだけどね、あれもこれも旦那の指示?みたいなとこある。なんでもかんでもやってくれてさ。私が自分でやろうと思うことも、あーしたほうがいい、こーしたほうがいいと言われるし」
「でも、反対はされないんでしょ?」
「まぁね、ハッキリ反対されたことはないけど、必ず条件を出されるとこある。たとえたら…私、今、反抗期かも?そんな感じ」
ぷっ!と吹き出したのはお母さんだった。
「もう40も過ぎたおばさんが、反抗期?なにそれ」
「だから、たとえればってこと。何でもかんでも親がやってくれて。その親ってのが過保護な親で。私も、自分でわかってるんだよ?私のことを考えてやってくれてるって。でもね、なんていうんだろ?細ーい蜘蛛の糸で絡められてるみたいで、窮屈なんだよね」
冷めたコーヒーに、氷をポロポロ入れてかき混ぜた。
「ちょっ、洋子!それ、ホットで淹れたんだから、氷なんか入れたら薄くなっちゃうよ」
「あ?いい、いい、冷めちゃったからいっそのこと冷たくしたかっただけ」
「まったく、そういうとこ適当だよね?昔から…」
お母さんがため息をつく。
「あっ!多分、こんな感じのことかも?」
「え?」
「さっきの反抗期の話」
「どういうことよ」
「今みたいにぬるいホットコーヒーに氷を入れて、アイスコーヒーにしようとするでしょ?そしたら旦那は、慌ててアイス用にコーヒーを淹れ直すのよ。私はこのままでいいのに」
「あら、優しいじゃない?」
「違うのっ!そんなことくらい、ほっといて欲しいの、私は。私が淹れてほしかったら言うし、なんなら自分で淹れるし」
「まぁね、お母さんでもあんたのコーヒーをわざわざアイス用に淹れ直すなんてことしないかな?」
そう、こういうことだ。
私は旦那に愛されている、きっと。
それも手取り足取り。
だから、幸せ。
幸せ?
「んーーーーーっ!違う!!」
思わず声をあげてしまった。
「びっくりした、なんなの?突然。あのね、そう思ってるならそのまま邦夫さんに伝えれば?」
「だよね?わかってるんだけど…」