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文化祭まで、あと一か月。
実行委員の仕事が本格的に動き出し、各クラスでも出し物の準備が活発になってきた。
仁人のクラス──1年B組は『不思議の国のアリスカフェ』と題し、アリスをモチーフにしたメイドカフェ風の出し物をすることになっていた。
内装は手作り、衣装もクラスの手配で用意する。目玉はやはり、「アリス」役の登場だった。
HR後、クラスで話し合いが行われた。
「で、結局アリス誰にするー?」
「吉田くんじゃないの?」
「顔立ち整ってるし、絶対似合うって」
男子校だからこそ、逆に本気の“かわいい”を求められるその役どころ。仁人は戸惑いながらも、反対するタイミングを失っていた。
そんな仁人を、太智がちらりと見て、ふっと笑った。
「なー、仁人。うち、メイド衣装のリボンとか付けるの手伝ったるわ。そんなん得意やし」
「……はは、ありがとう。もう逃げられないっぽいね」
「しゃーないって。仁人、ほんまにかわええんやから」
そんな無邪気な口調だが、仁人の心は、言葉以上に揺れていた。
──その週末。寮の一室にて。
太智と仁人は、試着した衣装を持って帰ってきていた。
文化祭実行委員の仕事の一環として、サイズ確認と写真撮影が必要だった。
「仁人、着替えるん早っ」
「そっちが遅いだけじゃ……って、なに?」
太智が、固まっていた。
仁人の着た“アリス”衣装──
淡いブルーのワンピースに白いエプロン、ふわりと広がるスカート、リボンのカチューシャ。
その姿に、太智の中で、何かが一瞬フラッシュバックした。
──白いワンピース
──麦わら帽子
──笑って「だいちゃんだいすき!」と駆け寄ってきた、小さな“じんちゃん”
(……ウソやろ)
心臓が、どくんと跳ねた。
「だ、だいじょうぶ?……似合ってる?」
仁人の声が、どこか不安げに聞こえた。
「……あ、ああ。うん。めっちゃ似合ってる。びっくりするくらい、な」
無理に笑った太智だったが、その目はどこか焦点を失っていた。
仁人は、太智の様子に気づいた。
「……太智くん?」
「……なあ、仁人」
「うん?」
「小さいころ……“だいちゃん”って呼んでくれてたよな?」
仁人の心臓が止まりそうになった。
──ついに、その言葉が出た。
太智の目は、まっすぐ仁人を見ていた。
仁人は、唇を震わせながら、小さく頷く。
「……うん。あの夏、太智くんと毎日遊んでた。……ずっと、ちゃんと気づいてくれるの待ってた」
太智は、一瞬で顔を緩ませた。
そして、小さく、でも確かに笑った。
「やっぱり……じんちゃんやったんやなぁ……」
その言葉に、仁人の瞳が潤む。
太智はゆっくりと、仁人の頭に手を置いた。
「そら、気づかんはずやわ。うち、ずっと“女の子”やと思ってたんやもん」
「……ごめん、隠してたわけじゃないけど……」
「ええって。むしろ、うちが気づかへんかったんが間抜けやった」
ふたりの間に、幼い頃の記憶が静かに交差した。
あの夏の約束──忘れていたはずの未来が、今、目の前で繋がりはじめていた。
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