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「……ほんまに、じんちゃんやったんやなぁ」
そう言って笑った太智の顔は、今でも仁人の脳裏に焼き付いていた。
(……太智くん、思い出してくれた)
嬉しさと戸惑いが入り混じる中で、文化祭準備は次第に本格化していく。
実行委員としての仕事は多忙だった。クラス間の連絡、設備の申請、スケジュールの調整。
放課後も、寮に戻ってからも、仁人と太智は自然と行動を共にする時間が増えていた。
そして、もうひとり。そんなふたりの様子を静かに見つめている男、佐野勇斗がいた。
彼は成績優秀、スポーツ万能だが、 仁人の前では、まるで別人のようだった。
特進クラスの終礼後。
廊下で、仁人の姿を見つけた勇斗は、軽く手を振った。
「よっ、仁人。……って、あれ? 太智と一緒じゃないの?」
「うん、今日は先に教室寄るって言ってたから。僕は資料室にコピー行ってきた帰り」
「ふーん……じゃあさ、ちょっと寄り道しない?」
「え?」
「特進の屋上、まだ誰もいないし。あそこ風通し良くて気持ちいいんだ。実行委員で忙しいんだろ? まぁ、少しだけ息抜きしに行こ」
誘い方は軽い。でも、その目は真剣だった。
仁人は少し戸惑いながらも、うなずいた。
──屋上には、本当に誰もいなかった。
風が強く、制服の裾がふわりとなびく。
「ねえ、仁人」
「なに?」
「やっぱり、太智と……昔からの知り合いだったんだって?」
「……うん。話したことあったよね。小さい頃に和歌山でね、毎年会ってた」
「そっか。……幼なじみ、か。強いなぁ、それって」
ぽつりとつぶやいた勇斗に、不思議そうに尋ねる。
「……勇斗?」
「いや、なんでもないよ」
勇斗は、フェンスに寄りかかり、空を見上げた。
「俺さ、最初から思ってたんだよ。仁人って……男子校にいるの、なんか不思議なくらい可愛くて、真面目でさ」
「そ、そんな……」
「冗談じゃない。マジだよ。……中学最初の自己紹介から、ちょっと目、離せなかった」
勇斗の声は冗談めいていたけれど、その目は真剣だった。
仁人は太智のことで頭がいっぱいだったから何も返すことができなかった。けれど、その一言一言は、確実に仁人の胸に残った。
──そして夜。寮の部屋に戻ると、太智が先にベッドに寝転がっていた。
「おかえり~。はやちゃんと会うた?」
「……え、うん。なんで?」
「さっき、階段でバッタリ会うてん。“仁人と今一緒にいる”って言われてん」
仁人は、ほんの少しだけ、胸の奥がざわついた。
「……そっか」
太智はむくりと起き上がると、仁人の方をじっと見た。
「なあ、仁人」
「なに?」
「うち、今……ちょっとだけ、よくわからん気持ちになってて。…… 再会してから、あんたが“じんちゃん”やってわかって、うちはなんか、すごいホッとしたんやけど……それと一緒に、“今の仁人”のことも、気になり始めてて」
太智は、照れ隠しのように、ポンと枕を仁人の背中に投げた。
「アホらしいよなあ。男子校で、なんでこんなにドキドキせなあかんねんやろって」
──部屋の灯りがやさしく揺れていた。
仁人もまた、何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
(僕も……ドキドキしてる。ずっと、昔から)
けれど、もう一人、勇斗の視線も仁人から外れることはなかった。
三人の気持ちは、静かに動き始めていた。