「ふふっ。ちゃんと願え事言えました?」
俺がそう言うと、尊さんは少し困ったように眉を下げて、「……ああ」と短く応じた。
俺と尊さんは見つめ合い、自然と微笑みがこぼれる。
お互いに口には出さなかったけれど、この瞬間
幸せの時間が流れている気がした。
永遠に続いてほしいと願ってしまいそうな
静かで、満たされた時間。
二人だけの秘密を共有しているような、この上なく甘い空気だ。
しばらく静かに見つめ合っていると、俺の手は自然と尊さんの手を求めていた。
手のひらが触れ合った瞬間、びりびりと微かな電流が走るような感覚に、思わず息を飲む。
尊さんは何も言わずに、その手を握り返してくれる。
その手つきは、優しさの中に確かな力が込められていて、俺の存在を確かめているようにも感じた。
二人の体温が溶け合うほどに強く。
指と指が絡み合って一つになっていく感覚に、安心感と幸福があふれてきて
心がじんわりと温かくなる。
無数の光が瞬く天蓋の下で交わした何気ない会話と
尊さんから受け取った甘さだけが記憶の中に鮮明に残った。
(まるで夢みたいだ。こんな幸せな夜が、現実なんだなんて)
俺の心臓はまだ高鳴っていて、尊さんの手のぬくもりがなければ
今にもどこかへ飛んでいってしまいそうだった。
◆◇◆◇
帰りの車内にて
公園でのロマンチックな時間を終え、二人で駅へと向かい、電車に乗り込んだ。
電車は鈍く振動しながら夜の街を滑っていく。
窓の外にはぼやけた街灯の明かりが、細い光の帯となって流れるばかりで
車内は人がひしめき合い、席はどこも満席だった。
こんなに混んでいるなんて、予想外だ。
「全然座れそうにないですね」
俺と尊さんは、ドア近くの狭いスペースに立ち、一緒に手すりを握った。
通勤ラッシュとまではいかないけれど、この時間でもまだこれだけ人がいるのかと驚く。
体が触れ合うほど近い距離だから、互いの吐息すら感じられるほどだ。
尊さんのシャツから微かに香る、清潔感のある
それでいて男らしい香りが、意識をさらに引きつける。
「…顔赤いが、大丈夫か」
尊さんが心配そうに覗き込んでくる。その瞳に映った自分の顔は
きっと照明のせいでなく、心底熱を持っているのだろう。
「え?だ、大丈夫です!」
そう言った瞬間、頰に熱が集中するのを感じた。
熱い、熱すぎる。
多分今の俺は、茹でダコみたいに真っ赤になっていることだろう。
星空の余韻と、この至近距離のせいで落ち着いていられるわけがない。
そんな俺を見て、尊さんはふっと口元を緩めて微笑んだ。
その微笑みは、昼間よりずっと柔和で、俺の心を蕩かすには十分だった。
「ほら」
そう言って、尊さんは俺が握っていた手すりの上から、俺の手を包むように握ってくる。
ぎゅっと力が込められて、尊さんの大きな掌からじわりと温もりが伝わってきた。
それはまるで全身を抱き締められているような錯覚さえ起こさせてくれて
胸の奥がじんと疼くのを感じる。
安心感と、少しの切なさが混ざり合った、複雑な感情の波だ。
「尊さん…」
その温かさに、思わず尊さんの名前を呼ぶ。
「恋…」
尊さんの低い声が、ごく近くで響いた。
このまま、誰もいないところで二人きりになりたい。
そんな不謹慎な願望が胸に渦巻いた。
そのとき
「あれ?恋くんに尊じゃん」
聞き覚えのある声に、俺の名前が呼ばれた。
(え、誰だ……?)
振り向くと、そこには普段のスーツ姿よりずっとラフな格好の狩野さんが、楽しそうに手を挙げていた。
「えっ、狩野さん?!」
まさかこんな場所で会うなんて。
(てか、さり気なく名前で呼ばれた…?)
「ふふ、尊、奇遇だね?」
狩野さんは、尊さんの表情を面白がるように、さらに声をかけた。
「…はあ、またお前か」
尊さんの声は、明らかに面倒臭いとでも言うような声色だった。
「友人に対してその態度はどうかと思うけどね~?まあいつものことだしいいけど」
俺たちの反応を見て、狩野さんは嬉しそうな表情を浮かべ、再び口を開いた。
こういう時、狩野さんは本当にマイペースだ。
「2人ともこっちの車両座りなよ、2席空いてるし」
え、この混雑で空席があるなんてラッキーすぎる。
「あ、ありがとうございます!」
狩野さんに促され、俺と尊さんは混雑している車内をかき分けて移動することにした。
尊さんは、最後まで俺の手をしっかり握ってくれていた。
◆◇◆◇
俺たちは彼の隣の席に並んで腰かけた。
一気に体が楽になる。
「いやぁ、にしてもまさかこんなところで会うなんてね。二人も星見てたとか?」
「はい!二人もってことは、狩野さんもどこかで見てたんですか…?」
「俺は近くに別荘があるから展望台から眺めてたよ」
「すっ、すご…別荘にも驚きですけど、展望台まであるんですか…?」
別荘なんて、俺の人生とは縁のない言葉だ。
さすが、尊さんの知り合い……というか、大企業の社長ともなるとスケールが違う。
「ふふっ、そうだよ~星もよく見えるしねぇ、今度恋くんも遊びきていいよ?」
えっ!いいんですか?と言いかけたところで、横から低い声が響いた。
「余計なお世話だ狩野」
「ははっ、冗談だって~」
「お前の冗談は冗談に聞こえないって言ったろ」
「それは尊こそじゃない?」
「なんだと?」
二人の間に、火花が散るような空気が流れる。
(尊さんと狩野さん、仲がいいのか悪いのかよく分かんないや…喧嘩するほど仲がいいって言うし、やっぱり仲良しなのかな?)
俺はそんなことを考えながら横目に尊さんを見ていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!