完結させたくて完結させました。
なので長いです。
Kisaragi You side -
仲間の怪人が腐っていくのを見た。
風邪をひいた身体が雨に晒されて
段々と冷たくなっていくのを感じる。
その日、怪人はひどく脆い生き物だと強く実感した。
◇
「っは…!ぁ、ゆめ…」
バッと苦い夢から目覚める。
時計は朝の2時を指していた。
頬を伝う汗は妙にぬるくて、
気分が良いとはとても言えなかった。
「ゆうさん…?
大丈夫?魘されてたよ」
隣からくにおの心配する声が聞こえる。
僕のせいで起こしてしまったらしい。
申し訳ないと思った。
「うん、大丈夫。よくない夢見ちゃっただけ」
「どんな夢?」
「…………」
働かない頭でぼんやりと考える。
そして、黙っていればよかったのに、
なぜかぽつりと口に出してしまった。
「仲間の怪人が風邪で死んじゃった日の夢」
「…ゆうさんは悲しいって思った?」
その問いに僕は、少しだけ、と頷いた。
「怪人は皆が思うより脆くて、ビームじゃなくても
風邪とかで死んじゃうぐらい本当は弱いんだって知った」
くにおは、そっか、と小さく微笑む。
「じゃあゆうさんのことは、俺が守らなきゃね」
予想外のことを口に出されて、
僕は思わず怪訝な目を彼に向けた。
「何言ってるの。ゆうさんは人間と
怪人の子供だからそんなに弱くないよ」
そう答えるも、くにおは首を横に振る。
「弱いよ、ゆうさんは。自分が思う以上に。
だってゆうさんは神様じゃないから」
「………?」
そう首を傾げると、くにおは笑って、
別に知らなくてもいいよ、と頭を撫でてくれた。
結局僕がその言葉の意味を知ることはなかったけど、
その理論で行くなら、僕にだって思うことがあった。
くにおは完璧に生きてきたのに、僕を選んだことで
正しい道から脚を踏み外してしまった。
でもくにおは神様じゃないから、
守りきれない正解もあるよね。
僕は理解してあげられる。だから大丈夫。
◇
あなたはヒーロー。
僕がもしカイジンになっても、
ちゃんと眠って、ちゃんと食べて、
出ていってね。
◇
姿見に映る自分の姿に肩を落とす。
「やっぱり。鱗、増えてる…」
怪人特有の硬く薄黒い鱗が、
前まで身体のほんの一部だけを覆っていたはずなのに、
気づけば全身を蝕もうと範囲を拡張していた。
これはつまり、僕の身体が段々
本物の怪人に近づいてきていることを指す。
所謂、怪人化だ。
怪人になれば最後、理性は失ってしまうし、
当然、街の人々も貪り尽くしてしまうようになる。
これまでも鱗が増えているのは気づいていたし、
僕に残された時間がそう長くないことも知っていた。
それでも、あまりにも早過ぎやしないか、と思う。
彼と別れる前に、少しぐらい猶予がほしかった。
玄関に座って、水を待つ
鉢植えみたいに靴箱を眺める。
なんだか、今日はくにおが帰ってくるのが遅い。
そのせいで、先程から玄関と
姿見の前を右往左往している。
前までこんなことはなかったのに、
と僕は意味もなく天井を見上げた。
虚しさに包まれ、じっとすることができない。
落ち着かずもう一度姿見の前に立ってみた
ところで扉の開く音が聞こえ、
僕は笑顔を繕い、慌てて玄関に向かった。
「おかえりなさい、くにお」
「ゆうさん、ただいま!」
ああ、幸せだな。
今だけは本当に心からそう思える。
「あ、くにお、お風呂沸いて…っ」
お風呂沸いてるよ、いつも通りそう言おうとして、
ふと知らない香りが僕の鼻を擽ったので口を噤んだ。
「………?」
「煙たい匂いがする…」
「ああ、これ!」
突如立ち尽くす僕を見て心配になったらしい
くにおが、不安そうに首を傾げる。
隠しもせず、思った通りのことを呟くと
くにおは納得したように自分のスーツを脱いで見せた。
「今日ちょっとミスって、怪人のビーム
掠っちゃってさ。でも全然大丈夫だから!」
腕を広げて無事を見せつけてくるが、そんなことより
僕はくにおがなぜ仕事で失敗したのか理由が気になる。
そう思い、なんとなく
くにおの顔を覗き込んだ瞬間。
目の下の隈。
原因が寝不足だと気づくのに
そう時間はかからなかった。
「…そっか。ゆうさんのせい、だったんだね」
「え、いや、これは…違…」
必死に言い訳を探すくにおだけど、
中々いい言葉が見つからないらしい。
僕は作った笑顔を浮かべる。
「…無理に考えなくていいってば。
そんなことよりくにお、一緒にお風呂入ろう」
「え!いいの!?めっちゃ久しぶり〜!」
ごめんなさい、深夜に起こして。
ごめんなさい、脚を引っ張って。
心の中で何度も、ごめん、と
謝りながら話題を変えた。
嬉しそうに目を輝かせる
くにおを見て少し表情が緩む。
きっとくにおは、僕の身体の
変化なんか気づかない。
鱗が増えた、なんて。
怪人に近づいてる、なんて。
そんなの、
「くにおの傷、数えてあげる」
気づかなくていい。
だから。
最後くらい。
「…くにお?」
ふとくにおを見上げると、
彼は顔を真っ赤にして息を呑んでいた。
「?どうし…」
「ゆうさ、え…あの、自分の言ったこと覚えてる?
俺の傷を数えてあげるって…。
今の言葉、なんかめっちゃえろかっ…いたっ!」
不審に思って声をかけた途端、こうだ。
恥ずかしくなって、
咄嗟に彼の頭をぱぁんと叩いた。
◇
あなたはヒーロー。
僕がもし、カイジンになったら、
ちゃんと眠って、ちゃんと食べて、
出ていってね。
◇
くにおから鱗について聞かれることはなかった。
もしかしたら気づいていたけど察して
知らないフリをしてくれてたのかもしれない。
そんなことを考えていると、
ふとくにおに声をかけられた。
「そういえばゆうさん、俺明日出張になっちゃってさ。
どうにか頼んで日帰りにはしてもらったけど…」
突如そう言われ、思わず
えっ、と声を上げる。
「出張はいいけど、日帰りってそんな…。
ゆうさんに気なんか遣わなくたっていいのに」
「ほらまたゆうさんはすぐそういうこと言う! 」
まずい、と思い口を噤む。
「俺はゆうさんと長く一緒にいたいから
必死に頼んだのに…ゆうさんは寂しくないの?」
「え、そりゃあ…」
寂しくない、ということは断じてないが、
くにおのためにもくにおと離れたい、
と思っていたのもまた事実。
だけど嘘でも、寂しくない、
なんて言えるはずがなかった。
「ゆうさんも…寂しいよ」
「………!へへ、嬉しい。
それとそうだ。ゆうさん、写真撮らせて」
「写真?」
疑問に思いながらも、
断る理由もなく普通に了承する。
「ゆうさんの写真見たら俺、
明日の出張、頑張れる気がする!」
曇りひとつないその純粋な笑顔を見て、
僕は少しだけ笑いを零した。
「えへへ、なにそれ…」
ふと目に映った高い棚の上の
ドライフラワーを手に取ろうとする。
元々は綺麗な花だったのに、届かない、と水やりを
諦めてしまい、それ以降見ることもなくなった花達。
気づかないうちに、枯れちゃってたんだね。
「…ぅ、たかい…」
「あ、待ってゆうさん!俺が取るよ」
僕の身長じゃどうにも届かないので、近くから
足場として椅子を持ってこようとした途端、
くにおが慌てたように棚に手を伸ばし、
ドライフラワーを取って僕に持たせてくれた。
こんなことさえ僕はできないんだ。
ドライフラワーを両手で包み、
なんとか笑みを浮かべる。
くにおは、あっ、かわいい、
と言ってカメラを僕に向けた。
ぱしゃり、と音がなる。
フィルム越しに、
彼のことをお気の毒に思った。
最後の写真に写るのが
こんな汚い僕でごめんね。
本当は、自分の汚さをちょっとでも隠したくて、
ドライフラワーで誤魔化したんだよ、なんて。
「…ねえ、くにお」
「ん?」
携帯をしまうくにおときっちり目を
合わせようとして、やっぱり逸らす。
「…普通の生活じゃなくてごめんね」
そう言うと、くにおは少し黙った後、
「お互い様だよ」
そう言って寂しげに笑った。
彼の声は、幾度聞けども穏やかだった。
◇
あなたはヒーロー。
僕がもし、カイジンになっても、
ちゃんと眠って、ちゃんと食べて…
◇
「いってらっしゃい、くにお」
「わざわざ見送りありがとう、
ゆうさん。じゃ、いってきます!」
午前5時、くにおを仕事に送り出した。
これで最後になってしまうことが、
ひどく悲しいけれど。
「さてと…」
出ていく前に、少し
家の中を片付けておこうと思う。
例えば、高いところの埃を払って、
机に散らばった物はすべて元の場所に戻して、とか。
爪が邪魔だろうし、と前まで、
くにおがしてくれていたご飯も洗濯物も、
今日は僕がすべてしておいてあげよう。
それと、いつも通りお風呂も沸かしておいて。
それから、あとは…
遺書、なんて書いてみたりして。
「ぁ…ゆうさんのこと忘れてください、って
遺書に書いたら、結局残っちゃうじゃん…」
書き終わって、はっとする。
今度はこの遺書がくにおを
苦しめることになるかもしれない。
そう思って、これは一応
引き出しの奥にしまっておくことにした。
気づけば、時計は昼の3時を指していて、
外は焼けたような橙の空に包まれていた。
僕はポリタンクを両手に、玄関の扉へ手をかける。
「いってきます。さようなら」
二度とは帰ってこないこの住処に
ただそっと別れを告げた。
◇
あなたはヒーロー。
僕がもし灰塵になったら、
ちゃんと眠って、ちゃんと食べて…
灰燼『燃え尽きた灰』
◇
出た途端、冷たい風が吹き寄せてくる。
外気に触れたのはいつぶりだろうか。
僕は彼のために自ら焼死を選んだ。
だからこれだけ空気が乾燥していると、
燃えやすそうでちょうどいい。
そう考えながら、家に燃え移ってはいけないので、
なるべく遠くを目指すことにした。
ポリタンクを抱えて、
走って、走って、走り続けて。
早く、早く。
くにおが戻ってくる前に、と。
「はっ、ぁ…ここ、なら…」
そうして着いたのは、近くの
廃墟と化したホテルだった。
素材はコンクリートらしく、
これなら燃え移る心配もない。
僕はポリタンクのキャップをどうにか開けると、
中身の灯油をコポコポと自身にかけ始めた。
服のポケットからマッチの
入ったケースをつまみ出す。
これで全部、終わりにしよう。
そう、マッチに火をつけようと力を込めた。
しかし、次の瞬間。
「ゆうさん!!」
僕の名前を必死に叫んで近寄ってくる、
見慣れた人物がすぐそこまで迫っていた。
僕のそばまで走ってきて、
数メートル手前で止まった彼に困惑する。
思わず数歩、後ずさった。
「な、んで…ここにいるの…」
くにお、と呼ぶよりも前に、
マッチを持つ僕の手がくにおに掴まれる。
すると彼は、息を切らしながらも、
僕の問いかけに答えようとしてくれた。
「昨日からゆうさんの様子、おかしかったから、
なるべく出張早く終わらせて、帰ってきたんだよ」
は、は、と酸素を取り込もうと息を吸う
くにおを見ると、なぜか僕まで苦しくなる。
睨みつけるようにして僕を見下ろすくにおは、
どこか泣きそうな顔をしていた。
「そしたらゆうさん、ポリタンク持って
家出ていってさ。それで後、追ってみたら…」
ギリ、とくにおが歯を噛み締める。
「っなにやってんだよ!ゆうさん!!」
「…………。くにお」
頬を伝う涙を拭ってあげたいのに、
灯油塗れの手じゃ、
爪の尖った指先じゃ、
上手く、拭ってあげられないや。
「泣かないで、くにお。ゆうさんは…くにおが
言われたくないこと、全部黙っていたいんだよ」
「なに、言って…」
それから、ごめん、と小さく呟いて、
「ぁ……っ!?」
僕の手首を掴むくにおの手を、
生まれて初めて、思い切り振り払った。
くにおが一瞬、驚いた顔をする。
そんな顔させたかったわけじゃないの。
ごめん、ごめんね。
息つく間もなく、僕は
その場から逃げるように走り去った。
我に返ったくにおも追いかけてくる。
このままでは追いつかれてしまう、そう悟った。
だったらもう、今しかタイミングはない。
「ごめん、くにお」
マッチに火をつけ、
灯油の中へとぶち込んだ。
途端に、ぶわっ、と辺り一面を炎が包む。
怪人なので、熱さも痛みも
一切感じることはなかった。
ただ、全身が溶けるように焦げていく。
「ゆうさんっ!!」
追いついたくにおが、
息も絶え絶えに掠れた声でそう叫んだ。
僕はゆらりとそちらを振り向く。
「…くにお」
「ゆうさ、なん、で…?」
子供みたいに泣きじゃくるくにおに、
僕は困ったように笑って見せた。
「くにお。まだ消えちゃうまでに時間あるから、
ゆうさんの最期のお話、聞いてくれる?」
「うん、…うん…。聞くよ、なんでも…全部」
ありがとう、ともう一度笑って見せる。
本当は、遺書に収まらないぐらい、
伝えたいこと、たくさんあったんだ。
「役に立てなくてごめんね」
「そんなわけない…」
「ゆうさんを拾ってくれてありがとう」
「これからもずっとそばにいてよ…」
「世界とゆうさんに一生懸命なくにおが好き」
「俺も、ゆうさんが大好きだよ」
「ゆうさん、もう長くなかったみたい」
「…ゆうさんは子供なのに」
「いいの。ゆうさん、大人になれないから」
「まだまだこれからでしょ…」
「お風呂沸かしたりとか、そんなことでも
くにおの役に立てるのが嬉しかった」
「俺はゆうさんがいるだけで幸せだったよ」
「だけど怪人になっちゃえば、何もしてあげられない」
「…だから、ひとりで消えようとしたの?」
こくりと小さく頷く。
「そんなの…もっと、俺に頼ってくれればよかったじゃん!
どうしていつもゆうさんは、ひとりで抱え込むの?」
「迷惑、かけたくなかったの。
それにこんなの、もうどうしようにもならないし…」
怪人になって、くにおに苦しい顔で殺される
ぐらいなら、誰にも知られず消えようと思った。
「そうだとしても!!…もしかしたら、
どうにかなったかもしれないじゃん」
「うん、…うん。ごめんね、くにお」
今更遅いよ、くにおはそう呟いて、
また泣き出してしまった。
失敗したとは思わないけど、
少しだけ間違えちゃったかな。
僕の目からも涙がぼろぼろと溢れ出す。
「ねえ、ゆうさん。最期に抱き締めさせて」
「え、でも…そしたらくにおが燃えちゃ…」
「そんなのどうだっていいよ」
どう答えようか迷っているうちに、
くにおにぎゅっと強く抱き締められた。
押し返そうとして、くにおの仕事用の
スーツが耐熱性だったことを思い出す。
目を伏せて、そっと力を抜いた。
「ゆうさんは小さいね」
「…最期の最期で嫌味?」
「そんなわけないよ。出会った頃と全く
同じで可愛くて。守ってあげたかったな、って」
そういえば、と。
くにおと初めて会った日、宥めるように、
僕を優しく抱き締めてくれたことを思い出す。
僕も本当は、あの日のままでいたかった。
もっと一緒に、ふたりで笑い合っていたかったよ。
「ねぇ、くにお」
「ん、なあに…?」
「くにおはずっと、ゆうさんのヒーローだよ」
あなたはヒーロー。
だからこれからも、街の人々を救い続けて。
「引き出しの奥に、遺書隠したの。
くにおがゆうさんのこと忘れられるようにって」
言うつもりはなかった。
でも、くにおにだけは僕のことを
忘れてほしくないと思ってしまった。
「だけどやっぱり読んで欲しい。
頑張って書いたから。ちゃんと、大切にしてね」
「そんなの、読むに決まってる。
何万回も読んで、一生大切にする」
少しずつ、四肢の感覚がなくなっていく。
最期にもうひとつだけ、
伝えることができるとするならば。
「愛してる、くにお」
一瞬驚いたような素振りを見せたくにおだったけど、
また、ふにゃりと心底嬉しそうに笑ったように見えた。
それから、僕の頬を両手で包んで、
「俺もずっと、愛してる…!」
変わることのない穏やかな声で、
そう返してくれたんだ。
◇
明日がもう、来なくなってしまったら、
あれもこれも全部、伝えられないままになると思っていた。
だけど。
最期は少し焼け残るぐらいがちょうどいい。
話せてよかった。彼に焼け跡を残せてよかった。
あなたはヒーロー。
僕がもし、カイジンになっても、
ちゃんと眠って、ちゃんと食べて…。
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癒し組って何でこんなにかわいいんだろろ…
あのー初コメ失礼です 感動しました!ティッシュの消費量が花粉症と重なって、、