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「落とさないように祈っててくださいね」
若干不安になりながら言うと、彼はケロリとして答える。
「落としちゃったなら仕方ないから、同じのを買えばいいよ」
「…………ますます落とせなくなったので、今日一日、警戒しながら過ごします」
イヤーマフでもすれば落とさないかな……、なんて思いながら、私は席に戻ってお箸を手にした。
「いただきます」
今日は和食で、白米に豆腐と揚げの味噌汁、塩鯖の他、作り置きの煮物やごま和えなどが小鉢に盛られている。
「涼さんの誕生日、十一月ですよね? 何か欲しい物ありますか? ……って言っても、涼さんにもらったような高価な物は用意できませんが」
すると彼は嬉しそうに笑って答える。
「その気持ちだけで十分だよ。恵ちゃんが結婚を視野に入れて同棲してくれただけでも、最高に嬉しいんだから」
「んー……、嘘を言ってないのは分かるんですが、なんか望みを言ってほしいです。……まだ夏ですけどね。でも残暑越したら秋になって年末ノックトントンですから」
私はご飯を食べながら言う。
彼はしばらく、綺麗な所作で食事を続けていたけれど、ニコッと笑顔になると提案してきた。
「特に物はいいんだけど、恵ちゃんにしてほしい事があるって言ったら、受け入れてくれる?」
そう言われ、私は表情を歪める。
「うん。見事なまでに嫌そうな顔だね」
涼さんはまったく動じずに言い、スマホを手に取ると私の顔をパシャッと撮る。
「こういうのもご褒美なんだけどね。でもせっかく恵ちゃんがやる気になってるなら、とっておきのお願いをしたいな」
「一発芸とかはセンスがないので、やめてください」
「あはは! そう言われると恵ちゃんの一発芸、見たくなるな」
涼さんは軽やかに笑い、綺麗に鯖を食べ終えてから言う。
「せっかくのお願いだから、じっくり考えさせて。誕生日前には伝えるから」
「分かりました」
そのあと、ご飯を食べ終えて二人でパパッと食器を片づけてから、それぞれ出社する準備を進めた。
一度部屋に戻った私は、改めて涼さんからプレゼントされた服とアクセサリーを身につけた自分を鏡で見る。
(これも馬鹿高いんだろうけど、派手なのは避けてくれたんだろうな)
そう思うと、物の値段を気にしない、買い物ガバガバ男への認識が少し変わってくる。
(それにしてもプレゼントのタイムスケジュールって言ってたけど、まだあるの? まさかね……)
この服とアクセサリーだけで、総額幾らするか分からないけど、私の給料が吹っ飛ぶ値段なのは分かる。
(十一月、何を求められるのかちょっと怖いけど、誠意は見せないとね)
私は溜め息をついたあと、ピアスのキャッチを確認してから通勤用のバッグを持って玄関に向かった。
今日は朱里と篠宮さんも加えて、新宿のホテルでディナーをし、宿泊する予定らしいけど、その前に一旦家に帰って〝支度〟をするんだとか。
湯水のようにお金を使われる事を思うと落ち着かないけど、以前に涼さんが言った通り、彼のお金を彼がどう使おうが勝手だ。
庶民の感覚で「勿体ない」と言っても、涼さんが「お金を出す必要がある」と感じているなら、口出しする事はできない。
勿論、「こんな事しなくてもなぁ……」と思う気持ちはあるけれど、こうなったらすべて受け入れるしかない。私にできるのはそれだけだ。
ホテルや食事、明日や明後日の予定も決まっているだろうし、やる気を削ぐ事を言うのだけはやめよう。
涼さんも篠宮さんも〝男の面子〟やらを大事にしていて、私には正直理解できないけど、それを守らせてあげるのも必要な事だと思ってる。
(我ながら、少し精神的に成長したのかも)
廊下を歩きながら思ったけれど、すぐに否定する。
(いや、諦めただけだ)
玄関に着くとすでに涼さんがいて、彼はいつものピカピカに磨き上げられた革靴を履いていた。
「恵ちゃん、これ履いて出勤して」
(んんんんまたかー!)
私が心の中で叫んでいる間、涼さんはトッズと書かれたキャメル色のシューズボックスを開ける。
彼が出したのは、チャンキーヒールの黒いレザーパンプスだ。
スクエアトゥのそれは、ヒールが太いから履きやすそうだけれど、果たしてサイズはどうなんだろう。