落ち着いたあと、私たちは昔の事について語り合った。
「……昔、神楽坂グループは不祥事を起こして騒がれていた。その息子という事で俺も学校で肩身の狭い思いをしていたんだ。家はマスコミに囲まれて居づらいから、当時は母の実家で暮らしていた」
「だから仁科だったんだね」
「芳乃がホテル業界に憧れたきっかけになった、『海の詩』あるだろ? あれを経営しているのが母方の実家の仁科グループなんだ」
「凄い……」
すべてが繋がっていたと知り、私は嘆息する。
「あのとき仮名を名乗ったのは、自己防衛からだった。……いま思えば、親友に頼み込んで家庭教師になってくれた芳乃まで、俺を犯罪者扱いする事なんてないのに、当時は凄く過敏になっていたんだ」
「分かるよ。怖かったね。……でも、今は見違えて本当に分からなかった。凄く頑張ったんだね」
「……ありがとう。君に認められたい一心で、邁進し続けた」
こんなに素敵な男性が、私のために頑張ってくれたのがとても嬉しい。
そのいっぽうで自分は……、と思ってしまった。
「暁人はずっと私を想ってくれていたのに、変な男に引っ掛かってしまってごめんなさい。……今思うと、単身渡米してひたすら頑張っていた心の弱さ、寂しさに付け入れられたんだと思う。ウィルが私を愛していたとは思えないし、事業の日本進出のために私から色々と話を聞き出す目的もあったように思える」
「確かに、それはあるかもね」
同意されても、もう心は痛まなかった。
「私、本当に愚かだった。彼にプロポーズされたと思って浮かれていたの。レティに『人の男を寝取るな』って責められて、何も言えなかった。私が浮気相手になっていたのは事実だから。……ただ彼を好きだっただけなのにな……。でも『知らなかった』じゃ済まされないんだよね。もっと人を見極める目を培うべきだった」
「芳乃はそう思うだろうけど、また違う真実があるかもよ」
「……どういう事?」
目を丸くした私に、暁人はクスッと笑うと〝とある事〟を教えてくれた。
**
翌日出勤すると、木下さんが気遣ってくれた。
「大丈夫ですか? 本調子でないなら、休んだほうが……」
「大丈夫です。今日からは気持ちを入れ替えて働きます。昨日は早退してしまい、ご迷惑をおかけしました」
バックヤードで頭を下げると、他の人たちも安心したようだ。
「無理しないでね」
同僚の優しさに感謝しつつ、私はいつも通りに仕事を始めた。
スイートルームでは、暁人が〝決着〟をつけているだろうと思いながら……。
**
俺――神楽坂暁人は、午前十時頃にウィリアムとスカーレットの客室を訪れ、お詫びの菓子と花を渡した。
[昨日は大変ご迷惑をおかけしました]
スカーレットはソファに座って脚を組んだまま、そっぽを向いて答える。
[口だけなら何とでも言えるわね]
あのあとウィリアムとどんな話し合いをしたのか分からないが、彼女は昨日よりいっそう不機嫌に見えた。
その時、ウィリアムの電話が鳴る。
彼は液晶に映った名前を見て目を見開くと、スカーレットを見てから立ち上がった。
[失礼]
彼は部屋の奥へ、足早に去っていく。
婚約者の様子が気になったのか、スカーレットはウィリアムが向かったほうへ歩いて行く。
[あなたは戻っていいわよ]
そう言った時、部屋のチャイムが鳴った。
[ルームサービスは頼んでいないはずなのに、あなた何か手配した?]
そう言われ、俺は[私が応対いたします]とドアを開けた。
ドアの外に立っていたのは、胸元までの金髪を巻き、黒縁眼鏡を掛けた美女だ。
[失礼。ミスター・ターナーの部屋はここでいい?]
ブラウンのIラインワンピースを着た彼女は、ヒールの音を立てて室内に入ってくる。
[ちょっと! 何なのよあんた!]
女性がスーツを着た男性を引き連れて室内に入ってきたのを見て、スカーレットがヒステリックな声を上げる。
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