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Side 蒼
日もとっぷり暮れた頃。
俺は珍しく蓮と一緒に家路についていた。
「はぁ。まさか、本当に先輩に勝っちゃうなんてー」
ため息まじりに、蓮はついさっきも言った言葉を繰り返した。
「…おまえ…これで今日何度目だよ。いい加減失礼だな」
「だって明姫奈も見ていたのに。あれじゃ先輩の立場ないじゃない」
「仕掛けてきたのは向こうなんだからいいだろ」
「だってー」
「じゃねぇ。ほら、早く帰って飯食うぞ」
なんて、ぶっきらぼうに言うけれど、込み上げてくる笑みをこらえるので必死な俺。
ワンオンワンは、一対一まで持ち込んだ末に、辛くも俺の勝利で終わった。
部活直後はいつもクタクタだったけど、今日に限ってはそれはない。
蓮に俺との約束を果たしてもらえるからだ。
『俺の言うことはなんでも聞くこと』
その約束の手始めとして、今日の夕食を魚料理からから揚げに変えてもらった。
こうして数年ぶりに蓮と一緒に帰っているのは、急きょ変わった今晩の夕食の材料を買うのに付き合わされたからだけど、途中で寄ったスーパーで、あれやこれや言い合ったり余計な食材をカゴに入れて怒られたり…なんて他愛のないやりとりをしながらの買い物は、すごく新鮮で楽しかった。
スーパーの袋を挟んで、蓮と並んで家路を行く―――。
こんな何気ない行動すら、好きな女となら、くすぐったいくらい嬉しくてワクワクしちまう。
ガキみたいだけど仕方ない。
俺の蓮への片想いは、半端なくデカくて長いから。
蓮の家に着いたのは八時近くだった。
部屋は真っ暗だった。
「あれ美保ちゃん…まだ帰ってないんだ」
「もうかなり遅い時間なのにな。忙しいんだな、おばさん」
「うん。まぁいつも遅いけど。でも今かかえてる仕事、出世がかかってるらしくって、最近は帰ってこない日もあるんだけどねー」
口調は淡々としていたけど、少し寂しげだった。
俺の母さんは専業主婦だから、いつも夕食を作って俺を待ってくれているけれど、旅行に行っている昨日は、初めて真っ暗な部屋にひとりで帰る感覚を経験した。
寂しいとは思わないまでも、やっぱりなにか味気ない感じはした。
あの感覚を、蓮はほぼ毎日感じていたのか―――そう思うと、俺の胸は複雑な痛みを覚える。
蓮は、名前で呼ぶくらいフレンドリーにしているけど、バリバリ働きながら女手ひとつで自分を育ててくれた母親を、とても尊敬している。
だからわがままひとつ言わず、家事も完璧にこなして、人一倍しっかり者でいた。
けど、本音では、ひとりで母親の帰りを待つのを寂しいと感じているかもしれない。
本当はもう少し甘えたいって思ってるかもしれないな。
久しぶりに入った蓮の家のリビングは、昔と全然変わっていなかった。
キャリアウーマンの部屋らしい、モダンなデザインの家具や家電。
それを損なうことなく、掃除整頓がきちんとされている。
そんなところでも、改めて蓮のがんばりに感心する。
そんな綺麗なリビングには、写真立てがいくつか並んでいた。
蓮とおばさんが写っている写真だ。
つい最近撮ったらしいものから、高校の入学式、中学の卒業式とさかのぼって、いろんな年齢の蓮が並んでいる。
その中の一枚に、ふと目を留めた。
きっと、これが一番古い写真だ。
そう解かるのは、本当に小さい頃の俺と蓮が写っているからだ。
蓮はツンツンのベリーショート。
そして俺は、いかにも貧弱そうな身体をして、蓮の隣で恥ずかしげに微笑んでいる。
懐かしい…じゃねぇ。
こんな写真、いつまでも飾っておくなよな。
『蒼のくせに生意気』
って、口癖のように蓮は言うけど。
あんなムカつく言葉が出てくるのって、こんな写真飾ってるからじゃないのか。
だからいつまでも蓮の頭の中からへなちょこだった俺の記憶が抜けないんだ。
カタ
と俺はその写真を乱暴に伏せた。
いい加減解かれよ、蓮。
こんなちっぽけな俺は、もうとっくにいないんだ、って。
その時、階段から軽やかな足音が聞こえてきた。
部屋で制服から着替えてきた蓮が降りてきたんだけど…
その姿は、見た瞬間つい目が離せなくなるものだった。
たく…マジかよ。
無自覚な上に無防備とか、
勘弁してくれ…。
スラリとした足が剥き出しのショートパンツに、襟まわりがざっくりとした、とにかくラフそうなカットソー。
髪もさっぱりとポニーテールにしていて、細くて白い首筋に目が行ってしまう。
「揚げ物すると汗かくんだよねぇ。涼しい格好でのぞまないと」
にしたって、露出高すぎだろ。
岳緒がこんな姿見たらどう反応するか…。
想像するのも頭痛くなりそうだ。
「テキトーに座って待っててよ。下ごしらえしていた魚も一緒につくっちゃうから、ちょっとかかるよ」
「いいよ、魚は…」
蓮はずんずんと近寄ってくると、俺をにらみ上げた。
「そんなこと言っても、きちんと食べてもらいますからね。好き嫌いしたら、おっきくなれないんだから。…って、もう十分おっきいけど」
と、おもしろくなさそうに視線をそらすと、蓮はポニーテールを揺らしてキッチンに戻った。
「あ、そうだ。先にお風呂入ってきたら?」
「風呂…?」
「うん。洗ってあるし」
突然の言葉に、俺は見る間に顔が熱くなるのを感じながら首を振った。
「いいよ別に。家帰ったら入るから」
「遠慮しなくていいのにー」
「……」
別に遠慮なんかしてない。
小さい頃ならともかく…今の蓮と同じ風呂なんか入れるわけない…。
俺は話を切り上げるべく、ソファに腰掛けテレビを点けた、が。
「あ!!しまったーーー!!」
突然の大声に、キッチンに駆け寄った。