そして、駅まで送ってくれた。
「なんかさ、会ったばかりで、僕の一目惚れで……なんていうか、その……」
「うん……」
「でも、今回限りにはしたくない」
時雨くんは、真剣な眼差しで私を見る。
私も、……うんと頷いた。
互いに連絡先を交換する。
「また落ち着いたら、連絡する」
「神奈川だっけ? 家」
「うん。でも仕事でこっちに来れる……ううん、来てみせるわ」
「やった」
「ふふふ」
「可愛い、ふふふって」
あ、そうだ——あのことを……。
そう思った瞬間、時雨くんが私の手を両手で包んだ。
「雨も、悪くないよね。また雨が降っても……僕だけじゃなくて、おかみさんやスタッフさんや、一緒に来てくれた山上さん……。あの人、ちょっとデリカシーないけど、さくらさんのこと心配してたよ。みんなに優しくしてもらったこと、思い出してほしいな」
私は頷いた。
事務長の名前もしっかり覚えてるなんて、さすが有名料亭の板前さん。
「……本当は仕事で来たの、愛知に」
「そうだったんだ……」
そう言って、また見つめ合う。
そして、キス。
笑い合う。
……またキス。
時雨くんが舌を入れてきたから、私はそっと離れた。
「ごめん」
「……もうこれ以上しちゃうと、帰りたくなくなる」
「そうだね……って、本当は帰したくないけど。冗談はさておき、トランクから荷物出すね」
私は車を降りて、キャリーケースを受け取る。
そして、言わなきゃと思っていたことを口にした。
「私さ……離婚したけど、子供がいるのよ」
「ああ、確かになんか話してたね。まだ小さくて、預けてもらってるとか?」
「……ううん、高校生。女子高生」
「えっ」
やっぱり、驚くよなぁ。
「すごいなぁ、さくらさん……ますます応援したくなる」
「ありがとう。私も、あなたの仕事応援してる」
時雨くんは、ずっと手を振ってくれていた。
笑顔で。
持っている傘は、まだ雨で濡れている。
でも、そのうち乾くだろう。
電車の中で、ふとよぎる。
——久しぶりの、生身の、自分より若い男の身体と、感覚。
しばらくこれでネタにして稼げそうだわ。
……なんてね。
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