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数日後
旧図書室に漂う死者のような埃を吸い込みながら、私たちはさらに深く、ローゼンタールの闇を掘り下げていた。
窓を覆う厚いカーテンの隙間から差し込む光は、宙を舞う無数の塵を白く浮き上がらせている。
それはまるで、行き場を失いこの閉ざされた空間に澱んでいる、死者の魂が虚空を彷徨っているかのようだった。
アルベルトの精神は、あの凄惨な崩壊──
自らの正体が「スラムから買われたスペア」であるという衝撃──を経て、今は逆に不気味なほどの静寂を保っている。
感情の回路が一度焼き切れたことで、以前よりもさらに冷徹な、絶対的な静止。
その瞳は、もはや自分の正体への「興味」を通り越し、自らを壊した真実を暴くことへの狂気じみた執着へと変貌していた。
机の上にうず高く積み上げられた古文書の山から、私は一冊の黒革の冊子を引き抜いた。
それは日記というより、吐き気を催すような「備忘録」だった。
「……こ、これ……っ」
指先が止まる。
それは数年前、母様がまだ息をしていた頃の記録だ。
その時、父には不倫相手がいた。
酒場の店主、名はギムレット。
資料に挟まれていた一枚の写真。
そこに写る女は、どこか母様とは対極にある、野性味を帯びた逞しい美しさを持っていた。
父が母様のような「人形」ではなく、こうも生命力に溢れた女を求めていたという事実に、内臓がせり上るような不快感を覚える。
読み進めるうちに、私の奥歯が軋んだ。
ギムレットは父に妻子がいることを知り、激しいショックを受けた。
けれど父は、あの甘く毒を孕んだ舌先で「君が一番だ」と囁き、絶望する彼女を繋ぎ止めていた。
愛という名の我慢を、残酷なまでに強いて。
ある日、ついに限界を迎えた彼女は泣いて縋ったと綴られている。
「私を選んでくれないならもう我慢なりません。奥様と別れて」と。
その直後の記述に、私は背筋が凍るのを感じた。
『面倒な女になった。感情に振り回される女は、道具としての価値も、慰みものとしての価値も失う。矯正が必要だ』
父は自身の固有魔法──
対象の精神や肉体に逆らえぬ絶対的な制約を刻む呪い、「Kamikaze」を彼女に使用した。
それも、彼女が二度と自分に意見を言えぬよう、植物状態になるよう意図して脳を破壊する命令を下したのだ。
「……最低だわ。どこまでも」
資料には、経営を引き継いだという娘の写真も添えられていた。
名はダイキリ。
この街では珍しい響きの名前だ。
すると、私の隣で影のように資料を覗き込んでいたアルベルトが、無機質な声で呟いた。
「ダイキリ……心当たりがあります。いつも行っているバーの裏手に“バレンシア”という酒場があるのをご存知ですか?」
「! 確か……数年前によく父がその酒場を“お気に入り”だって言ってた気がするわ。今は行っていないようだけど……」
ハッとした。
父が気に入る店には、必ず理由がある。
それが執着の対象であれ、虐殺の対象であれ。
あそこには、父が捨てた過去の綻びがまだ残っている。
「なにか情報が掴めるかもしれないわね」
私たちは視線を交わし
翌日の朝、そのバレンシアへと向かうことを決めた。
◆◇◆◇
翌朝
貴族街の華やかさから少し外れた、裏通りの入り組んだ道。
夜の喧騒が嘘のように静まり返ったその場所で、朝特有の湿った空気が肌を撫でる。
「助けてっ!!」
突然、鋭い悲鳴が静寂を切り裂いた。