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「ルヅキおめでと~」
小さな教会内に、祝福の声が響き渡る。声の主は――悠莉だ。
世界を揺るがしたあの事件。あの闘いから三年後。風化はしなくとも、世の中は漸く平定していた。
此処軽井沢で式を挙げたのは、元『狂座』エリミネーター、コードネーム『時雨』こと『二階堂 時人』と、元仲介部門統括の『琉月』の二人だった。
二人は狂座解散後、今ようやくゴールインという訳だ。
勿論、元裏の者ゆえ大々的にも出来ない。式に出席したのは、関係者を含め僅か。本当にささやかな式だった。
既に琉月の胎内には、新しい命が宿っている。出産を前に是非、人並みの式を挙げたいという事で、今回決行された。
「綺麗だよルヅキ~」
妊娠六ヶ月とかなり目立つ筈だが、それでも琉月のウェディングドレス姿は、際立って美しく見えた。
時雨もトレードマークとも云うべき、長過ぎる襟髪を狂座瓦解と同時に切っていた。もとより美形の部類に入っていたが、暑苦しさ等微塵も無い、精悍ささえ漂わせていた。
どう見てもお似合いのカップル。美男美女の代表を指すなら、誰もがこの二人に目がいくだろう。
この二人だけではない。悠莉も既に十六歳。もうすぐ十七を迎える。
背も伸びた。可愛らしさはそのままに、女性としての美しさも兼備してきた。
少女から、少しずつ大人へ。
――そしてこの席に、幸人の姿は無かった。
***
――式が終わった後、琉月は悠莉へ提案した事がある。
それは『私達と一緒に暮らさないか?』という事。
時雨も反対はしなかった。というより、相変わらず時雨は琉月に頭が上がらない。未だに、琉月が妻となっても『ちゃん』付けで呼んでいる。
『大丈夫だよ~。それに二人の邪魔はしたくないしね~』
悠莉は笑ってその提案を断った。実は三年前より、ずっと琉月より一緒に暮らす事は打診されていたのだ。
だが悠莉は、梃子でもそれは受け入れなかった。定期的に彼等の下へ遊びには行っても。
悠莉は未だに、如月家にて幸人とジュウベエの帰りを待っている。当然、病院はずっと休業のまま。それでもずっと待っていた。
琉月達の手配もあってか、生活に不備は無かった。何より本人自身も億万長者。
学校には行けないが、裏の特権として全てが免除出来るし、表向きには通信教育で通せる。
何も問題は無かった。ただ一つ――彼が居ない事だけは。
「見ちゃいられねぇよ……」
新婚旅行の為、途中で悠莉と別れ、彼女の背中を見送った時雨が、その健気さに呟いていた。
「本当の事は、とても言えませんよね……」
琉月も同じ想いだった。
――あの時、狂座が瓦解しサーモも使用不可になる直前、確かに幸人の生体反応は消失した。
話を聞く限り、どう考えても生存は絶望的。何よりサーモの信頼性は、残酷な程に事実を突き付ける事を知っている。
「それでも……悠莉は待つでしょうね。あの子は頑固だから」
「でも、死んだ者を何時まで待っても……」
「いえ、そうじゃなく、かつて彼――エンペラーのように」
「――残留思念永久体か!」
時雨も気付いた。強い想いは命も――魂さえも超える事に。
エンペラーと同様の幸人なら、あるいは。いや、きっとそうだ。
「だったら早く帰ってくりゃいいのに、あの野郎。俺との決着もまだだってのに」
「って、何考えてるの貴方! もう闘わないって約束でしょ!」
「ちっ、違うって琉月ちゃん! 闘うとかじゃなく、アイツに見せつけてやりたいんだ」
時雨は焦りながらも、琉月のお腹を優しく擦る。
「俺達はこんなにも幸せなんだってね。お前の負け~みたいな?」
「全く……貴方って人は、ホントに変わらないんだから」
“そんな所が好き――なんだけどね”
「俺はずっと琉月ちゃん一筋だよ。あぁ、こんな最高の嫁さん貰えるなんて、俺は何て幸せなんだ」
恥ずかし気も無い時雨の言動に、周りが恥ずかしくなってくる。
「馬鹿……」
琉月も当然。呆れながらも、案外満更でもなさそうなのが。
「――早く帰って来るといいですね、幸人さん……」
「うん。何より式に出席するという約束破りやがったし、会ったら速攻土下座させてやらねば――」
悠莉も、時雨も琉月も、想いは同じ――。
※余談だが、三年前のあの事件。クーデターの首謀『ネオ・ジェネシス』は、テロリストとして抹殺したと表向きには伝えられた。
その正体は誰にも分からない。各首脳達が手を回したのだろう。世の混乱を避ける為。
その為、狂座の存在も表に出る事無く黙殺された。裏と表が繋がっている事等、有ってはならない。
これで世の中は再び平定――という訳にはいかない。
相変わらず処か、犯罪は急増――蔓延の一途を辿り、内戦問題や世界情勢の悪化は激化する一方だった。
口には出さないが皆誰もが、狂座の――悪を裁く救世主の復活を待ち望んでいたのは否めない。
だが、もう二度と現れなかった。
行き場の無い憎しみと悲しみは、累積し続けていった。
ネオ・ジェネシスも狂座も悪で在る事に間違いない。だが本来在るべき、必要悪だったのか。それに答えられる者は居ない。
世は変わり、それでも決して変わらない人の業。
それから更に、十年の月日が流れた――
…