『困ってる?』
あ、この香り…
私の顔を覗き込んだのは本宮さんだった。
急にびっくりしちゃう…ほんと神出鬼没な人。
『ただいま』
本宮さんが、私の耳元でささやいた。
『お、お疲れ様です…あの…』
もっと近づこうとする本宮さん。
椅子に座ったまま、私はサッと顔を遠ざけた。
だから…
近いんだって…
自信のない顔、見ないでよ。
私、またドキドキしてる…
『会議お疲れ様です、本宮先輩』
梨花ちゃんが元気に言った。
『ただいま。天野さん』
『森咲、ちょっといい?』
『えー、また恭香先輩だけですかぁ?梨花も誘ってくださいよ~』
梨花ちゃん、積極的。
『ごめん。ちょっと大人の話』
『大人の話って!なんか先輩達、いやらしい感じです』
梨花ちゃんは、ほっぺを軽く膨らませた。
『ちょっと止めて。そんなんじゃないから』
梨花ちゃんに『ごめんね』と言うと、本宮さんは私をエレベーターに乗せ、最上階のボタンを押した。
最上階って、社長室しかないんだけど…
まさか…
『あの…本宮さん』
『いつになったら呼び捨てで呼んでくれるんだ?』
腕組みをしたスーツ姿の本宮さんとエレベーターの中に二人きり。
最上階まで、ずいぶん長い。
『だから…呼び捨ては…』
違う階から誰かが乗り込んできた。
良かった…
二人きりなんて緊張しちゃうよ…
エレベーターは、とうとう最上階に到着した。
止まって、そして…ゆっくりと開いた。
呼吸が少し苦しい。
本宮さんが私を案内した先は…
やっぱり…社長室だった。
初めてきたよ…
窓から見える景色は、街全体を見渡せる大パノラマだ。
本宮さんがドアをノックすると、中から『はい』と返事があった。
ドアを開けて中に入った本宮さんは、ジェスチャーで私を呼んだ。
体がガタガタ震えてきた。
本当に社長室に入るんだ…
嘘みたい。
目の前に社長、つまり、本宮さんのお父さんがいる。
『父さん。いや、社長。こちら森咲恭香さん』
『もちろん知っているよ。いつもご苦労さまだね。君は確か…』
社長が私に話しかけている。
どうしよう、何か答えなきゃ…
『ありがとうございます。私はコピーライターです』
『そうそうコピーライターだったね』
あまりに社員が多く、社長と話すことは滅多にない。
私のことを覚えてくれてるだけで有難かった。
『それで?なぜ朋也は森咲さんを私に会わせたんだ?』
『…』
本宮さん、どうしたの?
この沈黙キツイな…
『社長…僕は今日から彼女と一緒に暮らします。本宮の家を出て、しばらく彼女の部屋に2人で住みます。将来は…彼女と結婚したいと思っています』
は?
え?え?
何言っちゃってるの?
一緒に暮らすとか結婚するとか…
ちょっと待って、これは夢なの?!
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