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スタートヽ(*^ω^*)ノ
スマホの通知が鳴ったのは、夜の10時過ぎだった。
ぼーっとした頭で画面を見ると、送信者の名前に息が止まった。
──レトさん。
指が勝手に動く。
読んでいくうちに、胸の奥にレトルトからの言葉が突き刺さった。
「──バイバイ、キヨくん」
……冗談だよな?
目を疑って、何度も読み返す。
『なんで、なんで勝手に終わらせてんだよ……っ』
いつもみたいに、「俺のこと嫌いになった?」って聞けばよかった。
いつもみたいに、レトさんは俺のだろ!って笑ってればよかった。
でも──俺は、何も言わなかった。
レトさんのあの曖昧な顔が、どうしても許せなかった。
『レトさんがいない世界なんか…無理だ!』
スマホを握りしめて、レトさんの連絡先を何度もタップして、でも通話は繋がらない。
SNSもログインしてない。
共通の友達に聞いても「知らない」の一点張り。
学校にも来てない。
あの柔らかい関西弁も、気だるそうな表情も、どこにもいない。
『どこに……いったんだよ…』
一気に足元が崩れるような感覚。
膝が震えて、壁に手をつく。
『レトさん……戻ってきてくれよ』
次の日
『お願いします……レトさんの、居場所……教えてください……っ』
レトルトの家の玄関の前、深く頭を下げているキヨの声は、震えていた。
肩はわずかに揺れていて、指先まで強く握りしめられている。
レトルトのお母さんはしばらく黙っていた。
けれど、ゆっくりと息をついて──静かに言った。
「キヨくん」
とても落ち着く声音だった。
レトルトと同じ心が穏やかになるような。
キヨは顔をあげて、濡れた目でうなずく。
『俺……俺がバカで、レトさんを傷つけて……全部、誤解のままで……。
でも、ほんとは、ずっと、ずっと好きなんです……!』
堰を切ったように、言葉がこぼれていく。
感情が先走って、まとまっていない。
けれど、そこに偽りは一つもなかった。
「……あの子、泣いて出ていったのよ」
レトルトのお母さんの声が、少しだけかすれた。
「“キヨくんに嫌われた”って、ずっと布団の中で言ってて…… 」
『違う、違うんです……!』
キヨが首をふった。
『俺、レトさんのこと、ほんとに大切で……世界で一番大事で……
だから、ちゃんと会って言いたいんです。何も終わってないって。俺の全部を──伝えたいんです!』
その言葉に、お母さんはしばらく黙っていた。
でも、やがて小さく笑って、鞄から紙を取り出す。
「……ほんまに不器用やな、うちの子も。キヨくんも。」
そう言って差し出されたのは、一枚のメモ。
「おばあちゃんとこ。昨日の朝、連れて行ったばっかり」
『……ありがとうございますっ!』
頭を下げて、キヨはすぐに踵を返す。
目には、もう涙の代わりに強い光が戻っていた。
『レトさん、今すぐ──迎えに行くからな』
小さな駅からバスに揺られて、さらに徒歩で山道を登る。
夏の日差しは強く、けれど蝉の声と風の匂いが、どこか懐かしい。
キヨは汗をぬぐいながら、息を切らし、目を細めた。
──どこだよ、レトさん……。
おばあちゃんの家はもうすぐそこ。
けれど、ふと、脇道に伸びる獣道の奥で、水の音が聞こえた。
キヨは吸い寄せられるように進んで──そして、目を見張った。
小川のほとりに、ひとり佇むレトルトの姿。
足を水に浸し、ぼんやり空を見上げている。
淡い光に包まれて、どこか儚げで、まるで夢みたいに綺麗だった。
風が髪を揺らし、薄いTシャツが体の線を柔らかく透かす。
その横顔を見た瞬間、心の奥で何かが爆ぜた。
『……レトさん!!』
声にならないほど高鳴る鼓動。
でも、どうしても、もう黙っていられなかった。
キヨは坂を駆け下り、小川の反対岸から、息を切らしながら叫んだ。
『好きだ!!! レトさん!! 俺、レトさんのことが、好きだ!!!!!!』
レトルトはびっくりしたように顔を上げる。
その目が一瞬見開かれ、そして、ゆっくりと揺れる。
「……キヨ、くん……?」
『…ごめん。俺、ちゃんと伝えられてなくて。ずっとずっと、レトさんのことが、好きだった!初めて会った日からずっとずっと、好きだった!』
声が裏返って、涙が滲んで、でも構わなかった。
『誰にも渡したくない。もう、レトさんがいない世界なんて──嫌だ!』
川のせせらぎが、静かに響く。
夏の風が、草をなでる。
そして──
「……キヨくん…!!」
川を渡って、レトルトがゆっくり近づいてくる。
レトルトの喉がひくつき、次の瞬間には、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うわああああああんっ……ご、ごめん、キヨくん……っ、俺……っ、ほんまに、ほんまに、ごめん…っ!」
しゃくり上げながら、言葉が詰まりながらも、レトルトはキヨの胸元を握りしめた。
「曖昧な返事して勝手に逃げて……あんなLINE送って……ほんまに最低や……っ」
『レトさん……もう、いいんだ。もう、謝らなくて──』
「よくないっ!」
涙で濡れた顔を上げて、レトルトはまっすぐキヨを見た。
「俺、ずっと怖かった。自信がなかった。自分なんかがって……思ってた。」
嗚咽が混じる息の中、言葉が途切れ途切れになっても、もう、引けなかった。
「だけど…やっと分かった」
小さな川の中で、水を跳ねさせながら、レトルトはそっとキヨの頬に手を伸ばした。
「俺……キヨくんのことが……好きや」
キヨの目が、わずかに揺れる。
「ずっと一緒におってほしい。キヨくんじゃないと、嫌だ…」
真っ赤に泣き腫らした顔。
涙と汗でくしゃくしゃになりながら、それでも伝えた本当の想い。
キヨはしばらく何も言わずに、ただその手を包み込むように握った。
『レトさん….俺と結婚してください』
キヨの目は本気だった。
まっすぐにレトルトを離さなかった。
レトルトの頭の中では幼い時の記憶が走馬灯の様に駆け巡っていた。
隣に引っ越してきた男の子。
不安そうで今にも泣き出しそうだった。
声をかけたその日から、その子は常に隣にいた。
可愛かった。大好きだった。毎日が楽しかった。ずっと一緒にいれるとずっと信じていた。
『レトさん、大きくなったら僕と結婚して下さい!!』
自分よりも小さい子が顔を真っ赤にして
伝えたその言葉。
胸が高鳴ったのを覚えてる。
嬉しくて嬉しくてすぐ返事をしたっけ。
「キヨくん….その言葉」
幼い時の記憶を全て思い出したレトルト。
『俺の気持ちはあの時から何もかわってないよ。レトさんは幼馴染って思ってたのかもしれないけどね。』
照れ臭さそうに笑うキヨ。
レトルトはキヨの手を握り、まっすぐ見つめて答えた。
「こんな俺だけどよろしくお願いします。ずっと一緒にいて下さい!」
レトルトの涙がまた溢れた。
いつの間にか日が暮れていた。
うるさかった蝉の声は薄れ、2人の周りには沢山の蛍が飛んでいた。
『…レトさん』
キヨが、そっと名前を呼ぶ。
レトルトは目元を赤くしながらも、うっすらと笑った。
キヨの頬に、指先でやさしく触れる。
「キヨくん……」
呼び返す声はかすれていて、それでも間違いなく愛しさに満ちていた。
すぐそこにある息づかい。
ふたりの影が水面に揺れて重なる。
ただ水の流れる音だけが、時間を刻んでいる。
キヨはレトルトの手を包み込んだまま、ほんの一歩だけ近づいた。
『キス、してもいい……?』
その声に、レトルトの頬が再び熱を帯びる。
「……うん」
ひとことだけの返事。
それだけで、ふたりの距離はなくなった。
そっと、触れるだけのキス。
やさしくて、あたたかくて、
けれど、確かに恋のキス。
「……キヨくん」
名前を呼んだレトルトの目には、涙の代わりに笑顔が浮かんでいた。
キヨも、ふわっと頬をゆるませて──
『……もう、どこにも行かせない。俺だけのレトさん』
ぽつりと、静かな声でそう言って、額をそっとレトルトのおでこに預けた。
小川のせせらぎの中で、見つめ合った瞳の中には蛍の光が宝石のように輝いていた。
ようやく繋がった気持ちが、やさしく溶けていくようだった。
蛍の淡い光が祝福するように2人の周りで光っていた。
終わり
“恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす”
〈意味 〉
激しく声を出して恋を訴える蝉よりも、声を出さず内に秘めた思いで発光する蛍の方が、心情が深いという教えやたとえです。
内なる熱い思いを秘めて身を焦がすように光っている様子を表現しています。