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雨が冷たく打ち付ける夜の街。街灯の光が白く反射し、しずくがひとしずくひとしずくと地面に落ちていく。岡田は雨の中を歩きながら、胸の奥に湧き上がる重い思いを押し込めていた。彼は警察官だったが、今日という日は普通の日ではなかった。目の前にあるのは、友人──いやかつての友人であり、今は裏社会に深く関わりを持つ男、木下だった。
「岡田、今日はお前の番だ。」
木下の声が頭の中で響く。その言葉が岡田をここへと導いた。
岡田は立ち止まり、目の前のビルの屋上を見上げた。ビルの明かりは、影と重なり、どこか不安を煽るように見えた。木下との再会は決して喜ばしいものではない。二人の関係は、もう昔のようには戻れないのだと彼はわかっていた。
だが、今はそのことを考えている場合ではなかった。岡田は警察官として、友人として、彼に対処しなければならない。
数日前、岡田は一通の匿名の通報を受け取った。それは、木下が関わっている闇バイトの情報だった。最初はどうでもいいと思った。木下が何をしているかなんて知るわけがない。だが、通報の内容は具体的になり、その中には岡田自身も顔を出すべき場所が含まれていた。すなわち、取引の中に、彼の上司や仲間が関わっている可能性があるということだ。
木下が関わっている闇バイトは、金銭のやり取りではない。もっと深く、危険な世界に踏み込んでいるのだ。岡田が警察官として警戒すべき人物、それが木下だった。
だが、友人だった彼を裏切ることになるのか?
岡田はその答えを出さなければならない。
ビルの前に立つ岡田の携帯電話が震えた。画面に表示された名前は、警察署の上司、山田だった。
「岡田、木下を見つけたか?」
電話越しの声が冷たく響く。岡田は一瞬ためらったが、息を深く吸ってから言った。
「はい、見つけました。ですが、まだ動けません。」
「動けない?お前、何をしている。仕事だろうが。」
山田の声が少し荒くなる。岡田はわかっていた。ここで引き返せば、ただの無能だと見なされる。
「まだ確認中です。すぐに動きます。」
岡田は電話を切ると、もう一度周囲を見渡した。
木下がいるのは、ビルの中だ。恐らく、何かを運んでいるのだろう。岡田は足音を殺し、静かにビルの中へと足を踏み入れる。
ビルの階段を登るたびに、心拍数が上がる。何かが胸を締め付けている。彼は警察官として、法の名の下に木下を逮捕しなければならない。しかし、木下は犯罪者ではなく、かつて共に過ごした日々を知る男だった。その男を逮捕することが、どれほど痛みを伴うことか、岡田は理解していた。
屋上に近づくにつれ、少しずつ声が聞こえてきた。低い声、ざわめくような声、そして一番奥に木下の声が混じっていた。
「すぐに終わる。あと少しだ。」
木下の声が響く。岡田は息を呑み、さらに静かに足を進めた。
屋上に出ると、予想通り木下が待っていた。彼の周りには数人の男たちが立っており、武器らしきものが見えた。
「岡田か。」
木下は振り返り、少し驚いたように言った。
「お前も警察か…」
その目は、懐かしさを感じさせた。
岡田は一歩踏み出し、口を開く。
「木下、もう逃げられない。お前がやっていることは許されないんだ。」
木下は笑った。
「俺がやっていることが許されない?お前も、もうその世界に足を突っ込んでいるんだろ?」
その言葉に岡田は胸を打たれた。木下はよく知っている。岡田がどれほど自分を抑え込んで生きているか、それを。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「お前を逮捕する。」
岡田は静かに拳を握りしめ、木下に向かって進み出した。
その瞬間、周囲の男たちが動き出し、岡田の進路を塞ごうとした。しかし、岡田は迷わず一歩踏み込んだ。覚悟は決まっていた。
「やめろ!」
木下が叫んだが、岡田は無言でその場に立ち、銃を取り出した。
「木下、今はもうお前の味方ではない。」
岡田の声は冷たく響いた。銃を構え、木下を見据える。彼の目は、もう友情に縛られることはなかった。