テラーノベル
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人生は、基本的には面倒くさいことの積み重ねでできている。
息を吸うのも、飯を食うのも、そして――サッカーボールを追うのも。
「……あー、重」
青い監獄(ブルーロック)の支給品である黒いトレーニングウェアを引っ張り出し、腕を通す。首元にまとわりつく雑に伸びた黒髪が鬱陶しくて、ポケットから引っ張り出した黒いゴムで、高めの位置に適当にくくった。
鏡の中に映るのは、見慣れた、だが少しだけ不機嫌そうな自分の顔。
埼玉県大会の最後、土壇場で味方にパスを出して負けた、あの情けない弟――世一とまったく同じ顔だ。
世一は熱い。愚直で、泥臭くて、いつも一人で勝手に傷ついて、勝手に思い悩んでいる。
あいつは自分の腹の底にある「毒」に気づいていない。あるいは、気づかないフリをして「いい子」のサッカーを演じていた。
「世一なら……どうせ下のチームだろ」
俺たちが集められたこの巨大な建築物の中には、複数の「棟」が存在するらしい。俺が案内されたのは伍号棟。そして、俺の胸に刻まれた数字は「222」――チームV。
同じ顔、同じ遺伝子、同じ「空間の歪み」を感じ取る瞳を持った双子。
だが、絵心甚八とかいう胡散臭い男は、俺と世一を同じ部屋には入れなかった。
(……まあ、助かるけどさ)
画面越しに世一の顔を見るのも紛らわしいし、何よりあいつの暑苦しい「理想」に付き合わされるのは御免だ。
ガチャン、と重いドアが開く。
チームVの部屋に入ると、すでに何人かの男たちが集まっていた。
「あー……なんか、だるそうなのがまた来た」
部屋の隅でゲーム機を握りしめた白い髪の大きな男――凪誠士郎が、眠たそうな目で俺を見上げてくる。その隣には、大企業の御曹司らしい紫髪の男、御影玲王。
「お前が最後か? 潔……京介、だな。よろしく」
玲王が整った笑みを向けてくるが、俺はただ小さく息を吐くだけで答えた。会話をするのも体力の無駄だ。適当なベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
「ねえ、玲王。あいつ、俺より動きたくなさそう」
「おい凪、聞こえるぞ……まあ、見た目からして省エネそうだけどな」
二人の会話を右から左へ受け流しながら、俺は瞼を閉じる。
世一は今頃、自分の不甲斐なさに泣いているだろうか。それとも、あの泥臭いエゴを撒き散らして必死に這い上がろうとしているだろうか。
どっちでもいい。
俺は、勝ちたいからサッカーをやっているんじゃない。
ただ、ピッチの上で必死に躍起になっている奴らの「死角」に潜り込み、絶望した顔を眺める瞬間だけが――この退屈な世界で、唯一息ができる時間だからだ。
「……ハぁ。さっさと終わらせて、帰って寝たい」
雑に結んだポニーテールを揺らしながら、俺は深いため息をついた。
まだ誰も知らない。
このチームVの影に、世界で一番やる気がなくて、世界で一番性質(たち)の悪い化け物が潜んでいることを。
チームVでの日常から、いよいよ一次選考の初戦(対チームZまたはチームWなど)へと向かっていくシーンですね。
チームVのトップランカーである凪・玲王との妙に波調が合っているような合っていないような空気感と、ピッチに立った瞬間の「ダウナー狂人」としての冷酷な覚醒を描きました。
チームVという場所は、思っていた以上に「ぬるま湯」だった。
御影玲王という器用な男がゲームを組み立て、凪誠士郎という規格外の天才がそれを決める。
天才と、それをプロデュースすることに悦びを感じているお坊ちゃん。二人の圧倒的なスペックだけで、チームVの練習試合は常にワンサイドゲームだった。
「ねえ京介。そっち行ったよ」
だるそうにパスを出してくる凪。
俺は走る速度すら変えず、足元に吸い付くようにトラップすると、ダイレクトで相手DFの頭上を通すループパスを返した。ボールは吸い込まれるように凪の右足に収まる。
「うわ、なにそれ。めちゃくちゃトラップしやすい。……でも京介、自分でも撃てたでしょ」
「動くのめんどい。お前が走れ」
「えー、俺も歩きたいんだけど」
ベンチでタオルを首にかけた玲王が、呆れたような、でもどこか面白がるような視線をこちらに向けてくる。
「お前ら二人、会話のカロリー低すぎだろ……。まあいいや。京介、お前のその『死角を読むパス』、凪のトラップと相性抜群だな。次の試合もその調子で頼むぞ」
「頼まれても頑張らん。……あー、髪解けてきた」
汗で首筋に張り付く黒髪が鬱陶しくなり、俺は頭の後ろで雑に結んでいたゴムを解いた。
肩まで伸びた黒髪がサラリと落ちる。指先でガシガシと手ぐしを入れ、適当に高い位置で「きゅっ」と強く結び直す。
その瞬間、隣にいた凪がふと足を止め、じっと俺の顔を覗き込んできた。
「……なに」
「いや。京介って、髪結び直すとき急に顔が変わるよね。なんか、世一に似てる」
「似ているって言うな。」
「どっちでもいいけど。……急に『やる気なさそうな目』から『人を殺しそうな目』になる」
「気のせいだろ」と冷たくあしらい、俺はロッカールームへ向かって歩き出した。
別に、スイッチなんて入れていない。
ただ、息をするように相手の「嫌がる場所」が見えてしまうだけだ。
どこへ走れば、相手DFが一番パニックを起こすか。
どこへ出せば、キーパーが「届く」と錯覚して絶望するか。
世一はフィールド全体の未来を予測し、みんなで勝つための最適解を探そうとする。熱狂の中で進化する「光」だ。
だけど俺は違う。俺が見ているのは未来じゃない。ピッチ上の全員が置き忘れていく「死角」と「絶望の隙間」だけだ。
【伍号棟・一次選考 第1試合】
巨大なモニターに、対戦カードが表示される。
俺たちの最初の相手は、チームY(あるいはチームW)。
「よーし野郎ども! ブルーロックの頂点、まずは一蹴してやるぞ!」
威勢よく声を張り上げる相手チーム。暑苦しい。見てるだけで喉が乾く。
ピッチの中央、円陣を組むチームVの輪の中で、俺は欠伸を噛み殺しながらポニーテールを軽く揺らした。
「京介、最初から適当に流すか?」
玲王が不敵に笑いながら尋ねてくる。
「……流すも何も、最初から本気出す体力なんてない」
ピピッ――と、試合開始のホイッスルが響き渡る。
相手のミッドフィルダーが、威勢よくボールを回し始めた。
「チームV? 凪とかいう奴を抑えれば――」
言葉の途中で、男の視界から「黒い影」が消える。
(――遅い)
俺は走っていない。ただ、相手が「ボールをトラップして、次に首を振るコンマ5秒の死角」に、歩くようなステップでぬるりと侵入しただけだ。
「え……!?」
男が顔を上げた瞬間には、その足元からボールは消えていた。
奪ったんじゃない。相手が勝手に俺の足元へボールを差し出してきたのだ。
「なっ……いつの間に――!?」
慌てて振り返る敵DF陣。
俺は追いついてくる相手のプレッシャーなど見向きもせず、ゆっくりと右足を振り上げる。
(世一なら、ここでパスを出して組み立て直すのかな)
ふと、あの真面目で優しい弟の顔が脳裏をよぎる。
だからあいつは甘いんだ。
シュッ――と、雑に結んだポニーテールが空を切り裂く。
俺が蹴り出したのは、パスでも、美しいループシュートでもない。
相手ゴールキーパーの「立ち位置の逆」、地面を這うように猛スピードで滑る、無慈悲な超低空ダイレクトシュート。
バンッ!!!
ネットが跳ね上がり、けたたましい快音がスタジアムに響いた。
開始わずか、12秒。
静まり返るピッチ。
相手チームも、味方の玲王たちすらも、一瞬何が起きたのか理解できずに固まっている。
俺は汗ばんだ額の髪をうっとうしそうにはらい、ゴールに突き刺さったボールを見つめながら、ボソリと呟いた。
「……ハぁ。そこ、ガラ空きじゃん。バカなの?」
振り返ると、凪が目を丸くしてこちらを見ていた。
俺はだるそうに肩をすくめ、自分の陣地へとトボトボと戻り始める。
「……あーあ。早く5点取って終わらせてよ、玲王。俺、もう疲れた」
誰もいない「死角」から現れ、一瞬でゲームを壊す黒髪のポニーテール。
それが、青い監獄の伍号棟で産声を上げた、もう一人の「潔」だった。
コメント
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キュルノさん、第1話拝読しました…! 潔世一の双子の兄・京介、めちゃくちゃ癖が刺さります…🥀 「動くのめんどい」って言いながら、相手の死角を読んで一瞬でゲーム壊すの、ダウナーなのに狂人感あって最高です。 世一が「光」なら京介は「影」って対比がもう…! 凪との「会話のカロリー低い」コンビも好きです。 髪結び直すとき顔変わるって伏線、ゾクゾクしました。 続き、気になります…!