2037年9月14日
東京港沖・国防軍駐留所(フロート)
「どうだ、右腕の具合は」
白衣と丸眼鏡の技師は、頼の義手を触りながら語りかける。
「もう充分馴染んだと思うが」
「だろうな。今にでも任務に戻れそうなレベルまで回復してる」
技師はパソコンに向き直る。
「——まあだが、焦らんことだ。人工細胞が腕に完全に馴致しなければ、また落とされた時厄介だ。——3日後にまた診てみよう、外していいぞ」
頼は右手を握ったり開いたりしながら、
「それでは」
と言って医務室を後にした。
同日
国防軍駐留所・屋上
灰燼に帰した東京湾を一望できる屋上に来た頼は、物見台に上がる。かつて街だった首都は、その面影すら留めていなかった。
ふたたびここが首都として栄えるようになるには、時間がかかるだろう。
けれど人間はたくましいものだ。遠くの廃墟の中には、人間らしいものの影が散見された。きっと更地の中で「街」を復興させているのだ。
「そなれ松——か」
頼はふと思い出したように、そう言った。もう一度義手を開いたり閉じたりして、自らの意思で動くそれの感触を確かめていた。
彼はこう考えることがあった。己が存在も、今見ている景色も、すべては作り物なのではないかと。それも単なる作り物ではなく、完全な虚構なのではないかと。
——あの時、頼長の言ったことが本当ならば、おれは……。
そうだ、おれは完全なる虚構であり、亡霊みたいな存在なのだ。頼はそう結論づけた。河内神頼長という生者から分離したフィクションなのだと。生を与えられたフィクションなのだと。
——だが。
頼は、双の目に赤い光を宿らせた。
——たとえここが現実と乖離した領域にあったとしても、生きてやる。おれはいま確かにここで生きている。それを簡単に棄てる気はない。これこそが、おれにとっての本物の世界なのだから。
曇り空の隙間から、鋭い日差しが、天に伸びる柱のような光をもって海を射抜いた。
(了)
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