テラーノベル
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「――最低だな……俺は」
幸人は振り返りながら、自傷気味に呟いていた。
想いに真に応える事が出来ぬまま、亜美を抱いてしまった事実。これは消せない。どんな形であれ、彼女がそう思わなくとも望んだ事だったとしても、己の欲望の赴くまま行動した事に変わりはない。
ならせめて彼女だけは――“亜美だけは絶対に助ける”
それは決意だった。例え自分が命を落とす事になったとしても、それだけは頑として。
――気付いたら既に陽も昇っていたようだった。
亜美の事は当然心配だ。ネオ・ジェネシスの事もある。
だが表としての日常は何時も通り始まるし、待ってはくれない。
幸人は一睡もしてないし、またそれ処でもなかったが、淀んだ思考を覚まそうと珈琲を淹れる事にした。
悠莉はまだぐっすりと眠っている。無理に起こす必要は無いだろう。
珈琲を淹れている最中、携帯から着信音が鳴り響く。
一瞬『亜美から!?』と期待したが、何の事はない。着信の主は琉月から。
幸人は肩を落とすが、直ぐに気付く。直接裏より連絡が有るという事はだ。
「どうした?」
幸人は逸る気持ちを抑えながら電話に出る。それは十中八九、ネオ・ジェネシスの出所が掴めたという報せに違いないからだ。
『雫さん……やられました』
だが琉月からの報せは大方間違ってはいなくとも、期待に添えるものではなく、寧ろ予想を遥かに越える報せであった。
「やられたとはどういう事だ? 奴等か!?」
考えられる事。それは『ネオ・ジェネシス』に先手を打たれ、自分達以外の狂座の面々は既に――
『今自宅ですか? ならテレビのニュースを御覧に!』
「ニュース? それはどういう……おい琉月!?」
『いいから早く! その方が早いと思われます』
だが琉月の言っている事は、それとはどうやら違う。珍しく彼女の声に焦りがあった。
「う~ん……どうしたの? ルヅキから?」
やり取りに反応したのか、悠莉がジュウベエを抱えながら寝惚け顔で起き出して来た。とことこと居間のソファーへ倒れ込むように座り込む。
「ああ……。悠莉、テレビを点けてくれ」
「は~い。ああ幸人お兄ちゃん、ボクにもカフェオレ~」
悠莉は眠たそうに返事し、リモコンからテレビを点ける。
「――って、嘘ぉ!?」
点けた瞬間、思わず眠気も覚める程だった。
「マジかよ……」
ジュウベエも画面に釘付けになった。
液晶画面には緊急ニュースが報道されている。
「何……だと?」
幸人は携帯を耳に当てたまま、よろよろとテレビの前へ。
『ええ……。まさかこんな短時間で。私達はどうやら、少なからず彼等を侮っていたのかもしれません』
この事実に琉月からの声も、何処か遠くに聴こえた。
“突然発生した観測史上最大級の暴風圏がワシントンD・Cへと直撃。現場はホワイトハウスもろとも壊滅状態であり、市民含むアメリカ大統領の安否は不明。生存は絶望的か”
それが緊急ニュースの大まかな報道内容だった。
勿論、それ程の暴風圏が突然発生する訳がない。
彼等が真っ先に思うは、これは人為的――『ネオ・ジェネシス』の手に依るものだと確信。
それにしても州ごと壊滅させるという、この異常事態。
確かに『ネオ・ジェネシス』が、最初から世界的クーデターを起こす事は明言していたとしてもだ。
かつての『9・11』を超えるテロ行為、信じ難い程の暴挙に、流石の幸人もテレビの前で混乱するしかない。
今は未曾有の大災害として報道されてはいるが、これ程の被害は間違いなく世界的な混乱をもたらすだろう。
『――さん? 雫さん!?』
「あ、ああ……」
遠くに聞こえた琉月の声に、ようやく我に返ったかのように反応する幸人。
『いいですか? 今から私もそちらに向かいますので』
「は? ちょ、ちょっと待て――」
耳に入っていなかったが、琉月の用件は今から此所に来るという事。幸人が止める間も無く――
「あぁ! ルヅキ~いらっしゃい」
琉月が一緒で室内にその姿を現していた。悠莉が彼女の訪問を歓迎する。
“ちょっと何を勝手な――”
「ふぅ……」
幸人は出かかっていたのを呑み込み、代わりに溜め息を吐いた。
「いきなりお邪魔して済みません――が、悠長にしている事態ではありませんので……」
確かに夜を待って改めて、という訳にもいくまい。
「いや……構わん」
今は一刻も早い対策が必要だ。
「大変な事になってしまいましたね……。これでは最早――」
琉月は頭を悩ませながら、ソファーに座る悠莉の隣へと腰掛けた。
「これからどうなるのかなぁ? あっ! 幸人お兄ちゃん、ルヅキにもカフェオレをね~」
「そんな御構い無く。ああ雫さん、兄――薊と時雨さんも此方に呼んでいますので」
「……あ、ああ分かった」
琉月の二人も此所に来るという案に、幸人は『マジかよ』と肩を落とすが、現在の狂座の現状を考えれば当然の事。
幸人は一応、全員分の『お茶』の準備に取り掛かる。
「――寝過ごしちまってた。ごめん琉月ちゃん」
「邪魔をする……」
時雨と薊が一瞬でこの場に姿を現したのは、それから少しの間を置いてからだった。
****
居間内は一瞬で大所帯の様相。だが和気藹々に――という訳にもいくまい。各々が神妙な面持ちで、液晶画面を食い入るように見詰めていた。
「不味いな……」
最初に口を開いたのは薊だ。不味いとは幸人の淹れた珈琲の事ではなく、状況に対してだ。
報道規制か、どのチャンネルも今回の件で持ちきり。新たな進展は無いが。
「ええ……」
「仮にこれが自然災害で終わったとしても、世界市場は只じゃ済まんだろうな。ったく、やってくれるぜ奴等――ってか霸屡の野郎は何やってんだこんな時に」
そう言えばと時雨は見回す。一番重要で、現狂座の要とも云える霸屡の姿が見えない事に。
誰もが彼も来るものだと思っていたのだが――
「済みません……何故か連絡が取れないのです。彼と」
琉月が申し訳なさそうに。いの一番に彼とは連絡を取り、指示を仰ぎたかった筈だが、連絡が取れない事にはどうしようもない。
彼女もきっとこの事態には不安で仕方無いのだ。
「るっ――琉月ちゃんが謝る事はないよ! それにしてもあの野郎、肝心な時に役に立たねぇ。元から胡散臭い奴とは思ってたんだよ」
時雨の言う事は尤もだ。誰も反論しないのは、このままでは身動き出来ないから。
こうしている間にも『ネオ・ジェネシス』の面々が、更なる次の一手を打つかもしれないのだ。
一刻も早く、奴等を殲滅せねばならない。取り返しのつかない、公になる前にだ。
もどかしかったが『ネオ・ジェネシス』の所在もまだ判明していない以上、勝手に動く事は出来ない。
――霸屡からの連絡が無いまま、刻一刻と無為な時間だけが過ぎていったが、報道からは新たな進展があった。
“ワシントンD・Cを襲った未曾有の暴風圏。これは人為的なものか? 発生事前にホワイトハウスにて、テロ行為が判明。通信記録では軍隊も出動していた?”
「――なっ!」
新たに判明した報道内容に一同唖然。
もっとも危惧していた事。それはこの災害が、人為的である事が公になったからだ。
「やべぇ……」
これがれっきとしたテロ行為である事が明らかになれば、これまでと事情が異なる。
世界の大混乱と、裏の存在が表に公になるという一大事に。
今でも最早引っ込みが付かない程だが、追い討ちを掛けるように更なる報道が――
“たった今入った情報によりますと、この災害は『ネオ・ジェネシス』を名乗る、国際的テロ組織の仕業であるという犯行声明が上がりました。そしてこれからウェブ上にて、このテロ組織の長とされる人物から、世界へ向けての配信声明があるとの事です――”
これには誰もが開いた口が塞がらなかった。
「奴等……裏の存在を表に公にするつもりかよ!?」
「考えたな……」
「何て事を……」
しかもネット配信による声明。これでは隠す事も出来ないし、大勢の目に晒される事は明らか。
現在時刻は午前八時四十五分。報道では九時丁度に一斉配信される事が伝えられていた。
「――って、もうすぐじゃねぇか! おいパソコンを」
慌てた時雨が幸人にパソコンの電源を点けるよう投げ掛けるが。
「落ち着いてください。各自、携帯の方を」
「あっ! そうか」
動画は携帯で見れる。琉月を皮切りに、各々が携帯を取り出した。
「霸屡からの連絡はまだか?」
薊が再度確認を促す。
「まだです」
「ちっ、何やってんだよホント――」
公開まであと数分しかない。このまま黙って事の成り行きを見るしかないのは、彼等にとっては歯痒くで仕方無かった。
そして更に、報道ではこの配信をこの場で生中継する事が伝えられる。
「何考えてんだ此処は!?」
どうやら『ネオ・ジェネシス』側から、直接圧力が掛かったらしい。
真意の程は分からないが、この配信はウェブ上だけではなく、全国のお茶の間にも流れるという事だ。
「凄い祭りになってる……。サーバーダウンしそうな勢いだよ~」
携帯で巨大掲示板を見ていた悠莉が、その勢いに舌を巻いた。
混乱に乗じて転覆を謀る――“これが狙いか?”
そうだとしてもここまで大事になった以上、最早この流れは止められそうもなかった。
公開まで――“世界が変わる瞬間”まで、あと一分。