憧れていた工藤先生の仕事部屋兼自宅である、新築の1LDKマンション。
清潔感のある白い室内に、同じく白と淡いピンクで統一された家具。舞浜産のぬいぐるみなどが並び、若干少女趣味ではあるが、とても仕事部屋と兼用してるとは思えないほど、スッキリと整頓されていてセンスの良さが目を引くリビング。
『さすが優等生の工藤先生っ! 片付けられない女の見本みたいな、富樫先生の仕事部屋とは大違いだっ!!』
――――と、本来なら、テンションMAXでそんな感想を抱いていだだろう。
しかし、今のオレはテンション最低。
フローリングに敷かれた三畳敷カーペットへ行儀もへったくれもなく片膝を立て、仏頂面で座っていた。
原因はそう、ローテーブルを挟んだ対面にいるこの女。
テーブルに片肘をつき、同じく仏頂面で座るこの工藤愛先生様のせいだ。
「っか、この家は客に座布団も出さんのか?」
「ふんっ! ぶぶ漬けなら、すぐ出して上げるわよ」
こ、この、底上げ女……
オレだけならともかく、妊娠中の歩美さんまで外に二時間も放置しといて、その言い草……
ちなみに歩美さんは今、キッチンでお茶の用意をしている。しかるにリビングに居るのは、オレと千歳の二人だけだ。
「てゆーか私ぃ、新しい担当はエリート候補のイケメンだって聞いていたんですけどぉ~。この|面《メン》のどこがイケてるっていうのかしら……」
「はんっ! オレだって、工藤先生は清純派美人の優等生だって聞いてなんだけどな。このアバズレの、どこが清純派なんだか?」
「ああっ!?」
「あぁっ!!」
ローテーブル越しに顔を突き出し睨み合う――とゆうか、ガンを飛ばし合うオレ達。
「ってかアンタ、なんで|SD出版《こんなとこ》にいるわけ? チーム抜けてまでやりたかった事って、これなの?」
「わ、わりーかよ……? ってか、テメェが工藤愛だってゆーなら、お前ヤンキーやりながら漫画描いてたって事か?」
そう、工藤愛のデビューは高校卒業と同時であるが、デビューのキッカケは五年前の夏コミ。
そこで、オリジナルストーリーである『フラッシュ☆ガールズ』の同人誌が編集者である歩美さんの目に止まったからなのだ。
つまりコイツは、ヤンキーの頭を張りながらコミケにサークル参加をしていた事になる。
「な、なによ……ヤンキーの頭が少女漫画描いちゃイケない法律でもあるわけ?」
若干頬を赤らめて、ソッポを向く千歳。
まあ、確かにそんな法律はない。
が、しかし――
『工藤愛先生は、清純派で深窓の令嬢のような人』という、オレの希望が脆くも崩れ去ったのは事実だ。
オレは気持ちを切り替える様に、大きくため息をついた。
「とにかくだ……オレは編集部じゃ元ヤン隠してんだ」
「私だって、そうよ」
お互い身を乗り出して、顔を突き合わせる。
「「もし、元ヤンだって事バラしたら――」」
「殺すぞ……」
「殺すわよ……」
超至近距離でガンを飛ばし合うオレ達――
「あらあらぁ~、お邪魔だったかしらぁ~」
「「えっ?」」
歩美さんのからかう様な声。
そして、その間延びした声で我に返るオレと千歳――
両手にお茶の乗ったトレーを持ってキッチンからやって来た歩美さんには、オレ達がどの様に見えたのだろうか……?
そう……我に返って冷静にこの状況を俯瞰してみると、とんでもない状況のような気がする。
今にも触れ合いそうな、お互いの額。
そしてどちらかが、あと3センチ顔を突き出せば触れ合う唇……
慌てて顔を引き離し、正座で座り直すオレ達――てか、さっきの話、聞かれてないよな……?
「いやぁ~、若いっていいですねぇ~」
ニヤニヤと笑って座りながら、トレーをテーブルに置く歩美さん。
そして、顔を赤くして俯く千歳とオレの前に紅茶のカップを差し出した。
フワリと薫る紅茶と微かな柑橘系の香り。普段、紅茶なんか飲まんから良し悪しなんて分からんけど、香りは気分が落ち着く様なとてもいい香りだ。
「今日は、アールグレイにしてみましたぁ~。冷めないウチに召し上がって下さいねぇ~」
「「い、いただきます……」」
歩美さんの冷やかすような視線から逃げるように、オレ達は揃って紅茶へ口を着ける……
「でも驚きましたぁ~。二人が実は知り合いだったなんてねぇ~」
歩美さんの言葉に紅茶を口を着けたまま、オレ達は同時に眉をしかめる。
あの状況ではさすがに初対面とは言えず、歩美さんには取りあえず知り合いだとは告げた。
当然、ヤンキーのチームで頭を張っていた事は内緒である。
「まぁ~あ、二人とも大人ですから、細かい事は言いませんけどぉ…………連載が一区切り着くまでは、ちゃんと避妊して下さいねぇ~」
「「ぶぅぅぅぅぅぅーーーーっ!!」」
揃って紅茶を豪快に吹き出すオレ達。
「あらあらぁ~。二人揃って息が合ってますねぇ~」
「ごほっごほっ! あ、歩美さん、ちがっ……」
「けほっけほっ! わ、私達、ぜ、全然そうゆんじゃ……」
笑顔のまま、吹き出した紅茶をふきんで拭き取る歩美さんへ、咳き込みながら同時に抗議の声を上げるオレ達。
歩美さんの態度を見るに、さっきの話は聞かれて無いようだけど変な誤解をされてしまったようだ。
「はぁ~い、じゃあ時間も押してますしぃ、冗談はこのくらいにして、お仕事の話をしましょうかぁ~」
笑顔を崩さずに、パンパンと手を叩いて場を切り替える歩美さん。
さて、長い前置きも終わって、ようやく仕事の話だ。バシッと、気持ちを切り替えていきましょうかっ!
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