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泣きながら男にされた所業を隠そうとする春凪はなから、どうやったら彼女が抱えた気持ち悪さを消してあげられるだろう。


僕は、気が付いたらあの男が付けたあざへ、上書きするみたいに唇を寄せていた。


きっと洗うよりこうした方がいい――。



宗親むねちかさ……」


春凪が僕の名前を呼びながらすがりついてくるのを感じながら、僕はそう確信した。



***



『はい、珠洲谷すずやでございます』


コール数回。

午前八時を過ぎたばかりという、小売業者にとってはいささか早すぎる時間帯にも関わらず、通話口からまるで営業時間内ででもあるかのようなきっちりとした声音が響く。





泣き疲れたのだろうか。

昨晩、風呂で春凪に求められるままに彼女を抱いた後、パジャマに着替えさせてベッドまで連れて行ったら、春凪はまるで安心しきった子供みたいに僕の腕の中でストンと眠りに落ちてしまった。


僕は一晩中そんな春凪を抱きしめたまま眠って。

春凪の身体を支えていた腕が、甘やかな痺れを訴えてくるのが、春凪の存在を感じられて心地よい。


僕はぐっすり眠る春凪の愛らしい唇に軽くキスを落とすと、彼女を起こさないよう細心の注意を払ってベッドから抜け出した。


そうして〝珠洲谷すずや〟と名乗った、母と同年代ぐらいの実年女性に電話をかけたのだけれど――。





織田おりたです。朝早くから申し訳ない」


『いえ、問題ございません』


名乗らなくてもきっと、僕からの着信だというのは相手にも分かっているだろう。

だからこそ、こんな開店前のはやい時間にも関わらず、にこやかに応答してくれたんだろうし。


そう思いながらも、僕は〝織田〟の一族であることを誇示するように、敢えて名乗りを上げると、早々に要件を切り出した。



「過日僕がフィアンセに送った婚約指輪なんですけど。あれはオーダーメイドの一点物で間違いなかったですよね?」


『もちろんでございます。――もしや商品に何か問題がございましたでしょうか?』


「まさか。指輪自体はとても良い品で気に入っています。ただ、少し問題が起きてしまいましてね――」


僕の言葉に電話口。

珠洲谷すずやさんが構えるように小さく息を呑んだのが分かった。


僕は彼女に二言三言頼み事をすると、「もちろん謝礼はさせて頂きますので、出来るだけ急いで下さい。の方は夕方取りにうかがいますのでそのつもりでご準備の方、よろしくお願いします」と念押しして電話を切った。



***



耐熱用の小さなグラタン皿に、ふんわりご飯を敷き詰めて、麺つゆを回し掛けてから軽く混ぜ合わせて味を見る。


(こんなもんかな)


あまり濃い味にしたら、弱った春凪の身体に差し障りが出るかもしれない。

かといって味気ないのも美味うまくないし。


後でチーズを載せることも考えて、気持ち薄めかな?という塩梅あんばいに調整すると、ご飯の真ん中を窪ませてそこに生卵をひとつ落とした。


その上にプロセスチーズで出来た「濃厚」「クリーミー」が売りの、とろけるスライスチーズをのせて炒りごまを散らしてからオーブンへ。


チーズの焼かれる香りがキッチンに充満し始めたころ、春凪がまだ寝ぼけているのかな。

少しトロンとした表情で、寝室から出てきた。


「おはよう、ございます……」


昨夜散々喘がせてしまったからかな。

ちょっぴり掠れて聞こえる声と、襟口えりぐちからチラリと見えるキスマークの数々が、愛しくて堪らない。


「おはよう、春凪はな


言いながらオーブンからフツフツと音を立てる、出来立てほやほやの『半熟卵のとろけるチーズご飯』を取り出して、カウンターに予め用意していた木製鍋敷きの上に置く。


ジューと言う音がいかにも熱そうで、僕はそれに刻みネギをトッピングしながら「熱々だから火傷しないように気を付けて? もちろん食べられそうな分だけ食べたんでいいですからね? 残ったら僕が食べますし、無理はしないこと」と声をかけた。


病み上がり……ではないけれど、辛い目に遭った翌日だ。


このぐらいの量、いつもの春凪ならペロッと平らげてしまえるけれど、本調子ではなさそうだから食べ切れないかもしれない。


でも、勿体無いことを極端に嫌う春凪にはきっと、食べられない量出されても残すと言う選択肢はないだろうなと思って。

残しても無駄にはならないよ?と付け加える。


それでもピンとこないのかな?

胡乱うろんげな表情で熱々のグラタン皿と僕を交互に見つめる春凪に、僕は彼女言うところの腹黒くない心からの笑顔でニコッと微笑んだ。



「宗親さ……」


そんな僕をじっと見つめて春凪が泣きそうな顔をするから。

まだ気持ちの整理が付き切っていないんだな、と切ない気持ちになった。


そりゃあそうだ。


元彼が相手とはいえ、あんな怖い目に遭わされたんだ。


僕はカウンターから出ると、春凪のすぐ横に立って、彼女をスツールに腰掛けるよう誘導した。



「そういえば春凪。今朝ね、明智あけちからメールが来たんですよ」


努めて明るい声で言って、メッセージアプリを立ち上げると、『俺、ほたるちゃんと付き合うことになった。一応報告な』と、絵文字も顔文字もスタンプすらない、味気なく綴られた文面を春凪に見せる。


本当はその後に春凪のことを心配するメッセージが続くのだけど、あえてそこは表示しないよう画面をスクロールして調整した。

今は春凪に、昨夜のことを思い出させるようなことはしたくないと思ったから。


「春凪にもほたるさんから幸せ報告の連絡が来てない?」


聞いたら、春凪がハッとしたように瞳を見開いて。

「スマホ……ずっと見てませんでした」

とポツンとつぶやいた。



***



春凪はながほたるさんと時折笑顔を交えながら電話で話すのを流し側に戻って眺めながら、僕は少しだけホッとする。


起き抜けの春凪は、寝起きなことを差し引いても表情に起伏がなくてすごく心配だったから。


春凪が話している間に僕はリビングに行って、引き出しに仕舞い直しておいた書類と、タイミングを掴み損ねてずっと持ち歩いていた小箱をリュックから取り出す。


どちらも、いつまでも寝かせておいても仕方がないものだ。


そこでふとカレンダーを見た僕は、心の中で〝よし〟とつぶやいた。



***



「すみません。ご飯、冷めちゃいましたかね?」


「大丈夫だよ。逆に食べやすいくらいに程よく冷めたんじゃないかな?」


リビングから再度カウンター内に戻っていた僕は、電話を終えて席に着いた春凪の横に自分のグラタン皿を置きながら、「飲み物は冷たいお茶でいい?」と問いかけた。


「あっ。飲み物ぐらい私がっ」


春凪が腰掛けたばかりの椅子から立ちあがろうとするから、僕はそれを片手で制した。

好みの彼に弱みを握られていますっ!

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