放課後のセレスティア魔法学園は、夏の陽光に穏やかに輝いていた。
星光寮のステンドグラスが夕陽を反射し、虹色の光が廊下を彩る。
レクトは、アルフォンス校長、カイザ、ビータ、ヴェルと共に、グランドランド南岸のビーチへ向かった。
先月、第17話、第18話で訪れたサマーシェイドの海だ。
白い砂浜が波に洗われ、潮風が甘い果実の香りを運ぶ。
遠くでカモメが鳴き、水平線は茜色に染まり始めていた。
アルフォンスが砂浜に立ち、穏やかに微笑む。
「今回の修行はこれだ。」
彼が指さす先には、緑と黒の縞が鮮やかな巨大なスイカ。
「レクト、目で見ず、触れもせず、フルーツ魔法の感覚だけでこのスイカを割ってみなさい。
今回はバナナの杖もナシだ。
君の制御力が試される。
成功すれば、大きく前進するよ。」
レクトの胸に焦りが広がる。
禁断の果実を食べ、果実を「創造」する力に目覚めたが、父との戦いで焦りが出てしまい、制御は未熟なまま。
窮地では巨大なフルーツに頼る癖が抜けず、
第26話で形状や性質の応用を学んだばかりだ。
「このままじゃ、父さんに……パイオニアに勝てない、
あの癖を直したい。もっと繊細に、感覚で操りたい。」
ビータとヴェルは水着に着替え、波打ち際へ走る。
ビータが時間遡行の魔法で波を巻き戻し、ヴェルが震度2の魔法で砂を軽く揺らす。
笑い声が潮風に混じる。
カイザは海の家の木製パラソル下に座り、
膝を抱えて海を見つめる。
「海、入りたいけどな……」
彼の声には、普段の陽気さが欠けていた。
「さあ、始めなさい。」
アルフォンスの声に、レクトは目隠しを手に取った。
砂浜に立つレクトは、目隠しで視界を閉ざす。
波の音、砂の温もり、潮の香りが全身を包む。
(フルーツ魔法、発動ッ!!)
掌からオレンジ色の光が弾け、リンゴが現れる。
まずはスイカの位置を感じようと意識を研ぎ澄ますが、
波のうねりや砂の感触に気を取られ、
リンゴが砂に落ちる。
「くそっ、どこだ……?」
深呼吸し、ブドウを召喚。
第26話で学んだ弾丸の性質を思い出し、鋭く飛ばす。
だが、スイカをかすめ、波に飲み込まれる。
目隠し越しに唇を噛む。
「感覚が、掴めない。」
焦りが胸を締め付ける。
アルフォンスが傍らで言う。
「レクト、焦る必要はないよ。フルーツ魔法は君の心と共にある。
スイカの香り、重量、海との調和を感じなさい。」
その穏やかな声に、レクトは目を閉じる。
第19話の禁断の果実の感覚を呼び戻す。
あの時、果実を「創造」したように、今は「感じる」力を磨く時だ。
掌から小さなみかんが生まれ、空中に浮かぶ。
潮風に混じるスイカの甘い香りを頼りに、みかんをそっと動かす。
カチッ――みかんがスイカに当たり、
軽い音が響く。
「近い!」だが、割るには力不足だ。
砂浜に座り込み、汗と果汁にまみれる。
夕陽が海を赤く染め、波が静かに寄せる。
ビータとヴェルの笑い声が遠くで響き、レクトの孤独感を際立たせる。
日が傾く中、レクトは黙々と修行を続ける。
波打ち際では、ビータが時間遡行で波を操り、
ヴェルが砂で簡単な城を築く。
海は夕陽に金色に輝き、砂浜に長い影が伸びる。
レクトは何度も試すが、
スイカを割れず、
苛立ちが募る。
「なんでだ……感覚が、足りない!」
そこへ、カイザが海の家から歩み寄る。
パラソルの影を抜け、砂を踏む音が近づく。
「よお、レクト、めっちゃ頑張ってるじゃん。」
彼の声は柔らかく、普段の陽気さに少しだけ翳りがある。
レクトは目隠しを外し、尋ねる。
「カイザ、海が怖いって、どういうこと?」
カイザは砂に腰を下ろし、電気魔法で指先に小さなスパークを灯す。
夕陽がその光を反射し、砂に小さな星を散らす。
「昔、家族で海に来た時、嵐に巻き込まれたんだ。
俺の電気魔法が暴走して……
親父が大怪我した。」
彼の瞳に、珍しく影が揺れる。
「親父は許してくれたけど、俺は自分を責めた。海を見るたび、あの日の雷鳴が蘇るんだ。」
レクトは息を呑む。
サンダリオス家の冷たい視線、父パイオニアの「道具」扱いを思い出し、胸が締め付けられる。
カイザの言葉は、仲間との絆の重さを教えてくれる。
「カイザ、話してくれてありがとう。
……どうやったら、スイカを割れるかな?」
カイザが笑う。
「お前のフルーツ魔法、派手だけど繊細さもあるだろ?
海の全てを感じろ。波の動き、砂の感触、スイカの香り――
全部フルーツと一緒に。
俺も電気魔法は、空気の静電気を感じて操るんだ。」
彼が指を鳴らすと、スパークが弧を描き、海面で小さく弾ける。
レクトは頷き、目隠しを再び着ける。
カイザの言葉を胸に、フルーツ魔法を起動。
みかんの香りを潮風に重ね、
スイカの重さをイメージ。
バナナの杖から生まれた星型みかん(第26話の形状変化)が、鋭く宙を切る。
波の音と調和し、スイカの位置を捉える。
パキン! スイカが真っ二つに割れ、赤い果肉と黒い種が砂浜に飛び散る。
夕陽に果汁がきらめき、ルビーのように輝く。
「やった!」
レクトが叫ぶ。
アルフォンスが穏やかに歩み寄り、頷く。
「素晴らしい、レクト。感覚を掴んだな。」
夕陽が水平線に沈む中、
レクトはビータ、ヴェルと合流し、海で遊び始める。
波は金色に輝き、砂浜に柔らかな影を落とす。
ビータが時間遡行で波を巻き戻し、
ヴェルが震度2で砂の城を強化する。
レクトはフルーツ魔法でバナナの浮き輪を創造し、波に揺られる。
冷たい海水が肌を刺し、果実の香りが潮風に混じる。
(こんな時間、久しぶりだ……)
仲間との時間が心を温める。
カイザも海の家から出て、波打ち際で電気魔法を放つ。
小さなスパークが花火のように弾け、砂浜を照らす。
「ほら、派手にいくぜ!」
彼の笑顔に、レクトは仲間への信頼を深める。
だが、心の奥で、食堂の果実やパイオニアの黒い瞳がちらつく。
海の静けさは、嵐の前のようだった。
夕食を食べて翌日、星光寮に戻った一行。
朝起きてレクトは自室から出ようとした。
ステンドグラスの廊下が月光に青く輝く中、
ドアの前で異変に気づく。
ヴェルが倒れている。
彼女の茶色の髪が床に広がり、青白い顔に汗が光る。
「ヴェル!?」
「どうして……っ?」
次話 10月25日更新!
コメント
5件
ヴェル!しっかりして!