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久しぶりに実家に帰ってみようかな。
そんな選択肢が頭をよぎる。
緑あふれる田舎で少しゆっくりすれば、頭もすっきりして新しい話も思い浮かぶかもしれない。
「いやでもそれもなぁ……」
大学進学のために家を出て10年。
24歳頃までは、実家に帰っても周囲からの結婚プレッシャーはあまり強くはなかった。
けれど、田舎では25歳くらいまでには結婚するべきという考えはいまだ一定の年齢の方々には健在のようで──
25歳になって初めて帰省した時には、待っていましたと言わんばかりに近所の元気いっぱいのご隠居さんたちがどかどかとやって来た。
「綾乃ちゃ~ん、アンタもうクリスマスの年になったらしいなぁ」
「一緒に住んでる人はおらんの。ほら、今の若い人たちは付き合ったらすーぐ一緒に住むんやろ? ええなぁ……私らの時には考えられんかったことや」
「えっ! おらんの!? 都会は田舎と違って人もいっぱいやのに、なんで?」
あの頃は数日だけ過ごして東京に戻っていたこともあり、ひとしきり彼氏はできたか、結婚相手は見つかったのかと詮索され続けるだけで終わっていた。
けれどもし今、この年齢で実家に帰ったとなればどうなるか。
「やっぱり都会の男より田舎の男のほうが絶対いいっておばちゃん思っててんよ」
「綾乃ちゃん、この中から好みのタイプ選び」
瀬戸内さんの言うとおり、確実にがんがんお見合い話が舞い込んでくるだろう。
それはそれで出会いの場として成り立つかもしれないけれど、結婚という条件がつく出会いには、今はまだ関わりたいとは思えない。
そもそも、この人見知りな性格の自分が、数回会っただけの人と一生を共にしようなどと思えるわけがないのだ。
(っていうか私、恋愛なんてできるのかな……?)
その時、ふと幼馴染の小嶋樹杏(こじま じゅあん)の顔が頭をよぎった。
樹杏は知り合って四半世紀になる、唯一親友と呼べる子だ。
彼女と初めて出会ったのは幼稚園の頃。
今よりずっと人見知りが激しかった私は、どうにか幼稚園には通えたもののなかなか友達ができず、お遊びの時間ではいつもひとり、教室で絵本を読んでいた。
そんな私に積極的に声をかけてきてくれたのが、樹杏だった。
最初は彼女に対してまったく心を開くことはできなかった。
正直、苦手とすら思っていた。
けれど少しずつ話していくうちに、見た目や性格、好みなどまったく違うのに、なぜか馬が合うことに気づいた。
その関係は、一緒に通っていた幼稚園から高校まで、そして大学は違えど共に上京し、大学を卒業して樹杏が東京の会社に就職しても変わらず今現在も続いている。
明るくて社交的で性別年齢問わず友達の多い樹杏は、今でも私に色々な世界を見せてくれ、忖度のない助言をくれている大切な存在だ。
「……今、電話したら出るかな」
樹杏にはこれまでたくさんのことを相談し、話してきたけれど、執筆のことに関してはほとんどしたことがなかった。
だから私が書けなくなっていることも、彼女に話したことはない。
けれど、聡い彼女のことだ。
最近の私の様子に、きっと何かが起きているのだと勘づいていると思う。
勘づいているけれど、私が言わないから聞かない。
ただいつも変わらず私を幼馴染の菅島綾乃として、そして時々、空木風花として接してくれていた。
「……どうしよう、めちゃくちゃ樹杏の声が聞きたくなってきちゃった。……でもきっと、余計な心配かけちゃうよね」
電話してみようかと悩みながら、ポケットからスマホを取り出す。
その時──
♪♪♪~
突然スマホが震え、誰かからの着信を告げる音が流れてきた。
「誰っ……って、樹杏!? もしかして以心伝心ってやつ!?」
慣れているはずの相手にわずかに緊張しながら、電話に出る。
すると聞き慣れた滑舌がよくコロコロ転がるような声が耳に響いてきた。
『あっ! 綾乃? 今大丈夫……あっ、もしかして外?』
「う、うん。ちょっとコンビニに行ってて……」
『ああ、気晴らし?』
「うん、まあそんな感じ……かな」
相変わらず察しがいいなと思いながら苦笑する。
すると──
『綾乃、お休みするんだって? 小説家の仕事』
「…………え?」
いきなり言われ、思わず歩みを止める。
「えっ、ちょっと待って、なんで知ってるの?」
私が『お休み』することは、数時間前に決まったばかり。
瀬戸内さんとオンラインミーティングしてから、私は誰にも話していない。
(はっ! もしかして……)
実は自分が自覚していた以上にショックを受けていて、無意識に樹杏のスマホにメッセージでも残したのだろうか……?
(えっ、うそっ、私もしかして病んでる……!?)
ここまでメンタルが低下していたのかと内心焦っていると、樹杏のしれっとした声が飛び込んできた。
『瀬戸内さんから聞いた』
「…………あー……なるほど……はいはい、そうなのね」
(なんだ、よかった、病んでいたわけじゃなかったんだ)
そう思いホッとするけれど、また新たな疑問が湧いてくる。
「……っていやちょっと待って。なんで瀬戸内さんと樹杏が繋がってるの?」
『え? 前に私たちがご飯食べてる時に、偶然瀬戸内さんが店に来たじゃない。……っていうか、覚えてない? ほら、1年くらい前にさ』
「うーん……?」
樹杏の言葉に、私は必死でおぼろげな記憶をたぐり寄せた。