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『やりたいことがないまま進路希望を出す』

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『やりたいことがないまま進路希望を出す』

13 - 第13話(終) まだ途中だけど、ここまで

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2025年12月06日

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第12話(終) まだ途中だけど、ここまで

六月の終わり。


廊下の掲示板に「全国模試」の案内が貼られたころには、

教室の空気にも、少しずつ“受験生っぽさ”が混ざり始めていた。




「次の模試、本気で当てに行くやつー?」




昼休み、村上がそう言うと、

何人かが手を挙げ、何人かは「あー……」と曖昧に唸った。




「安藤は?」




「本気で当てに行く“つもり”」




そう答えると、村上はニヤッと笑った。




「国語も?」




「それ聞く?」




「聞く。国語ガチ強化月間って聞いたから」




山本さんとの面談の内容は、

どうやら西尾先生から多少漏れているらしい。




「……現代文の問題、ドヤ顔で線引くようにはなってきた」




「おお、進歩じゃん」




「合ってるかどうかは別としてな」




二人で笑いながらも、

模試の日付が近づくにつれて、

胸の奥のざわつきは少しずつ大きくなっていった。







模試当日。


体育館の床にずらっと並べられた机と椅子。

消しゴムの匂いと、鉛筆を握る音だけが響く。




国語の冊子を配られた瞬間、

軽く深呼吸をした。




――線を引く。設問を見る。

根拠を決めてから選ぶ。


“なんとなく”でマークしない。




山本さんに何度も言われたことを、

頭の中で繰り返す。




時間配分、本文の読み方、設問の順番。


全部を完璧に守れたわけじゃないけど、

少なくとも前みたいに“途中で諦める”ことはなかった。




最後のページまでマークを埋めて、

終了の合図を聞いた瞬間、肩の力がどっと抜けた。




「……疲れた」




思わずつぶやくと、前の席の村上が振り返る。




「おつかれ。

顔がさっきまでの三倍くらい真面目だったぞ」




「二倍にしといてくれ」




そう返しながら、

自分でも少しだけ“やり切った感”があるのを感じていた。







数週間後。

模試の結果が返ってきた日、

俺は進路指導室に呼ばれていた。




丸テーブルの上には、

今回の模試の成績表と、前回のものが並んでいる。




「さて、問題の国語」




西尾先生が、わざとらしく溜めてから紙をめくった。




「おお」




小さく声が漏れる。




「偏差値、前回より○ポイントアップ。

“壊滅”から“人類”くらいには進化したな」




「表現ひどくないですか」




「褒めてるんだよ、これでも」




先生は笑いながらも、真面目な目つきで数字を指さした。




「まだ志望ラインには届いてない。

でも、“数学と世界史で支えながら、国語を落としすぎないようにする”っていう

予定には、ちゃんと近づいてる」




「……そうですかね」




自分ではまだ、“できるようになった”実感は薄い。




「大事なのは、

“やれば上がる”って感覚を、ちゃんと自分の中で味わえたかどうかだ」




先生の言葉に、

塾での特訓の日々が頭に浮かんだ。




知らないうちに文章を最後まで読んでいて、

気づいたら時間がなくなっていた前とは違う。


読む前に設問を見る。

段落ごとに線を引く。

キーワードを追いかける。




それだけで、

“全く分からない”問題は減っていた。




「……ゼロから一くらいにはなった気は、します」




そう言うと、先生はうなずいた。




「それでいい。

ゼロから一にするのが一番しんどいんだ。


その壁を一回でも越えた感覚があれば、

あとは“一から二”“二から三”のほうがまだマシだ」







その週末、また塾のブース。




山本さんは、成績表を見ながら小さく拍手をした。




「よく頑張ったね。

数字だけ見ればまだ足りないけど、

“国語をちゃんと勉強したら、その分だけ上がる”って体験ができたのは大きい」




「……正直、しんどかったですけど」




「そりゃそうだよ」




山本さんは笑ってから、ペンを取り出した。




「じゃあ、“仮のゴール”の確認をしようか。


東西市立 人間社会学部。

今の成績で、夏までにどこまで持っていけそうか」




紙の上に、前回の表と今回の表が並ぶ。




「英語はキープできてる。

世界史は少し伸びた。

国語は“大赤字”から“普通に赤字”くらいにはなった」




「表現がブラックなんですよ」




「でも、分かりやすいでしょ?」




たしかに、分かりやすかった。




「このペースでいけば、

夏の模試で“現実的にギリ届きそう”ラインまで持っていける可能性はある。


もちろん、そのためにはこのままサボらないことが前提だけど」




「サボったら?」




「そのときは、“目標を下げる”って選択肢が、

“逃げ”じゃなくて“現実的な判断”になるかもしれない」




山本さんは、少し真面目な声になる。




「でも今の段階では、

まだ“怖いから下げる”っていうタイミングじゃない。


“届くかどうかギリギリのライン”に挑戦してみる価値はあると思うよ」




「……はい」




自分の中でも、

“ここを目指す”という仮のゴールが、

前より少しだけ“本物寄り”に寄ってきている気がした。







家に帰って、机の引き出しからメモ帳を取り出す。




最初のページには、相変わらずこう書いてある。




『やりたくないこと』

『“決まってなくていい時間”を、ちゃんと使う』

『決まらない理由を、言葉にしておく』

『家の事情も、自分の事情も、ちゃんと並べてから決める』

『はじめて“仮のゴール”として大学名を書いた』

『その“仮のゴール”が、今の自分より高いことを数字で突きつけられた』

『でも、“怖いから”だけで下げるのは、やめてみることにした』




その下に、新しく一行足す。




『少しだけ点が上がって、“やれば上がる”を実感できた』




ペン先が止まる。




――この先どうなるかは、まだ分からない。


東西市立に受かるかどうかも、国公立以外の道を選ぶかどうかも、まだ何も決まってない。




でも、

“やりたいことがないから何もできない”状態からは、

少しだけ離れられた気がする。




自分なりに考えて、

家の事情も、自分の事情も、一緒にテーブルに並べて、

人の話も聞いて、

それでもまだ迷っている。




その迷い方は、

最初のころとはだいぶ違っていた。




メモ帳の一番下の余白に、

もう一行だけ書き足す。




『まだ途中。けど、“途中”であることを、自分で認められるようになってきた』




書き終えて、ゆっくりとノートを閉じる。




窓の外は、少しずつ夏の色に変わり始めていた。




――ここから先のことは、まだ物語になっていない。


これから書く。


俺が、自分で決めながら。




そう思って、

机の上に置いた次の問題集を、静かに開いた。


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