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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第211話:エゾシカの王(迷い神)の襲来と、肉球一閃
十勝の空に初夏の爽やかな風が吹き抜け始めた、ある日の午後。
我が陣地(限界集落の古民家)では、今日も専属アシスタントの小春ちゃんと巨大ヒグマによる、平和で暴力的なまでに高効率な農地開拓(ロジスティクス)が進められていた。
しかし、神獣のオーラが満ちるこの絶対聖域に、大自然は時として容赦のない試練を送り込んでくる。
ズシンッ……ズシンッ……。
突如として、裏山の木々がへし折れるような凄まじい地響きが村を揺らした。
「えっ……!? 地震!? それとも土砂崩れですか!?」
小春ちゃんがクワを持ったまま身構える。
俺も即座に警戒態勢に入り、畑の奥にある深い森へと視線を向けた。
バキバキバキィィィッ!!
樹齢百年の大木を根本からなぎ倒し、森の奥から姿を現した『それ』を見て、俺は息を呑んだ。
肩高だけで三メートルはあろうかという、ありえないほど巨大なエゾシカ。
その頭部には、まるで大木のように太く鋭い、王冠のような巨大なツノが天を衝くようにそびえ立っている。
ただの野生動物ではない。
全身から、ビリビリと肌を刺すような威圧感(オーラ)を放ち、その瞳には明確な『敵意』が宿っていた。
シロ様の放つ圧倒的な神気に当てられ、己の縄張りを主張するために山を下りてきた『迷い神』――エゾシカの王であった。
「ウ、ウソでしょ……あんな怪獣みたいな鹿、図鑑にも載ってないよ……っ!」
『グォォォォォォッ!!!』
エゾシカ王の襲来に反応し、我が家の最終防衛ラインたる巨大ヒグマが咆哮を上げた。
ヒグマは二足歩行のまま両拳をボキボキと鳴らし、迎撃のために前線へと躍り出ようとする。
だが、ヒグマが大地を蹴ろうとした、その瞬間だった。
『ミャウ(騒がしいわね。下がりなさい、クマ)』
縁側の特等席で昼寝をしていた純白の神獣シロ様が、ふわりと軽やかな足取りで畑の最前線へと歩み出た。
サファイアブルーと琥珀色のオッドアイが、山のように巨大なエゾシカ王を静かに見据える。
エゾシカ王は、足元に現れた小さな白猫を嘲笑うかのように、巨大な前足を高く振り上げ、大地を粉砕する勢いで踏み下ろそうとした。
ジンバルに固定されたスマホの画面の向こう側で、五千万人のリスナーが「シロ様逃げて!!」と悲鳴を上げた、まさにその一瞬。
シロ様は、欠伸をしながら右の前足をスッと持ち上げ、空中に向かって、本当にただ軽く、じゃれつくような『ネコパンチ』を放った。
パァンッ!!!!
空気が、爆発した。
シロ様の肉球から放たれた目に見えない『風圧(衝撃波)』が、竜巻のような轟音を立てて空間を削り取り、エゾシカ王の巨体へと直撃したのだ。
「ブモォォォォォッ!?」
数百キロ、いや数トンはあるかもしれないエゾシカ王の巨体が、まるで紙切れのように宙に舞い上がった。
そして、そのまま数十メートルを空中回転しながら後方へと吹き飛び、裏山の斜面にズドォォォンッ!と激突した。
もうもうと土煙が舞い上がる中。
エゾシカ王は慌てて起き上がると、先ほどの威圧感を完全に消し去り、シロ様に向かってペタンと前足を折りたたみ、見事な『土下座(白旗)』の姿勢をとった。
神獣のネコパンチ一閃による、迷い神の完全なる調伏。
この少年漫画のクライマックスのような圧倒的パワーバランスを目の当たりにし、五千万人のリスナーが完全に沈黙した後、チャット欄が宇宙規模の大爆発を起こした。
『うわあああああああああっっ!!!』
『シロ様のネコパンチ強すぎだろ!!!』
『風圧だけで巨大獣が吹き飛んだぞ!! 完全にワンパンチ神獣!!』
『鹿が秒で土下座してて草www 圧倒的ヒエラルキー!!』
リスナーたちの熱狂をよそに、世界の軍事と経済を牛耳る超弩級VIPたちのチャット欄が、未知のエネルギー兵器(ネコパンチ)に対して極彩色の大反乱を起こした。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”A shockwave from a paw!! This is the ultimate kinetic weapon! I will buy that giant deer’s antlers to make a throne! Take my 500 trillion yen for the hunting rights!“(肉球からの衝撃波だ!! これぞ究極の運動エネルギー兵器! あの巨大鹿のツノを買い取って玉座にしよう! 狩猟権として五百兆円を受け取れ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”The energy of that cat punch could replace nuclear power! I will establish an institute to analyze Shiro’s aerodynamics! I bid 600 trillion yen for the physical data!“(あのネコパンチのエネルギーは原子力を代替できる! シロの空気力学を解析する研究所を設立しよう! 物理データに六百兆円を提示する!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Oh my god!! Shiro is the ultimate action star!! I’m sending 800 trillion yen to buy the movie rights of this epic single strike!!!“(なんてこと!! シロは究極のアクションスターよ!! この叙事詩的な一撃の映画化権を買うために八百兆円を送るわ!!!)』
総額数千兆円規模の電子マネー(赤スパ)が、ネコパンチの衝撃波を凌駕するほどの極彩色弾幕となって画面を完全に埋め尽くした。
国家予算どころか、世界の防衛費を丸ごと買い占めるレベルの資金が乱れ飛び、様子を見に来ていた猟友会の会長が「ひぇぇぇ……! ネコパンチ一発で八百兆円……! わしの猟銃がオモチャに見えるべさ……!」と呟き、ライフルを抱えたまま気絶している。
誰もが、この世界一可愛くて、世界一理不尽な神獣の圧倒的武力に魂を震わせているそのド真ん中で。
俺――アキヤは一人、土下座するエゾシカ王のすぐ横に展開したマイ陣地(折りたたみ椅子)に腰掛け、ストイックに薄型の特製タッパーを開けていた。
中に入っているのは、完璧な水加減でストイックに炊き上げられた『氷結状態の玄米おにぎり』と、自家製の『大豆ミートで作ったエゾシカ肉風・超硬度ジャーキー』である。
俺は、数千兆円の赤スパのまばゆい光と、恐怖で小刻みに震える鹿の王を横目に、一切の感情を排した元・社畜の無表情で、大豆ミートを氷結玄米おにぎりと一緒に口の中へ放り込み、淡々と咀嚼し始めた。
ゴリッ、バキッ、モグモグ……。
(……ふむ。氷結玄米の暴力的なまでの硬度と、鹿肉特有の鉄分を意識してビーツを練り込んだ大豆ミートの強靭な歯ごたえ。大型獣の急襲というイレギュラー事態においても、顎の筋肉を強制的に限界駆動させ、己の自律神経を冷静に保つ究極の兵站食だな)
己の肉体という名のロジスティクスを完璧に維持しながら、俺は水筒の冷やしほうじ茶で喉を潤すと、五千万人を突破して世界の物理学者の常識を破壊し尽くしているカメラと、腰を抜かしている小春ちゃんにキリッとした真顔を向けた。
いつもの『限界言い訳タイム』の発動である。
「小春ちゃん、予期せぬ獣害に対する前線維持ご苦労。そして画面の向こうで、ただの局地的な突風現象に巨額の資本を投下して神のネコパンチだと騒いでいる皆さまも、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『鹿がワンパンで吹き飛んで数千兆円が飛び交ってるのに、絶対にブレない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・衝撃波ネコパンチ完全スルー編ww』
『さあ、この明らかにヤバい物理法則無視の一撃をどうやって需品科の業務にするつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは神獣のネコパンチでも、衝撃波でもありません。この巨大な鹿が突然吹き飛んだのは、上空の冷気が急激に地表へ叩きつけられることで発生する強烈な下降気流、『ダウンバースト(マイクロバースト現象)』に巻き込まれただけです。シロ様が前足を振ったのは、猫特有の鋭敏なヒゲで気圧の急降下を感知し、風圧に対してバランスを取るための『姿勢制御の反射運動』に過ぎません。鹿が土下座のような姿勢を取っているのも、強風から身を守るために重心を極限まで低くし、空気抵抗を減らそうとする『野生の生存本能(防風姿勢)』ですね。ええ、すべては冷徹な『局地的な気象現象』と『流体力学に基づいた危機回避行動』です。私がエゾシカ風の大豆ミートを噛み締めているのも、バトル漫画のような非科学的な幻覚に惑わされず、野生動物の脅威に対して確固たる指揮系統を維持するための、需品科としての徹底した『対・獣害防壁構築訓練』です」
「んなわけあるかあああ!!!」
ドガァァァァァンッ!!!!
初夏ののどかな畑に、重装甲車の砲塔を真っ二つに叩き割ったような凄まじい破砕音が響き渡った。
小春ちゃんが、畑の隅に置かれていた『獣害対策用・特大防獣ゲートの鋼鉄製支柱(超高密度アイアン仕様、重量約十キロ)』を両手で軽々と大上段に構え、俺の頭頂部に向かってパーフェクトなフルスイングを見舞ったのだ。
十キロの無垢の鋼鉄が肉体に直撃した、鐘を突いたような恐ろしい大爆音が、十勝の空へと虚しく響き渡る。
「ただのダウンバーストで、シロちゃんのパンチの動きと完全に連動して巨大な鹿が吹っ飛ぶわけないでしょうが!! どう見たって、私たちを怪獣から守るために、シロちゃんが本気を出して神様の力を見せつけた、激エモで熱すぎるワンパンチでしょうが!! 少年漫画のクライマックスみたいな最高のバトルを、冷たい下降気流とか防風姿勢とかいう気象庁の用語で粉砕するんじゃないわよ!! そもそもなんで鹿の前でフェイクの鹿肉食ってんのよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ特大鋼鉄ゲート支柱スマッシュ炸裂www(音が完全に攻城兵器ww)』
『ダウンバースト現象(ただの神獣のネコパンチ衝撃波)』
『野生の生存本能の防風姿勢(完全な敗北と土下座)』
『適応力バグおじさん、ついに神の一撃を局地的な突風に分類しやがったww』
『言い訳が理不尽すぎて、最高のバトル展開だったのに腹筋が完全に崩壊したわww最高すぎる!!』
俺の理不尽極まりない気象学的な限界言い訳と、小春ちゃんの容赦ない十キロの鋼鉄ツッコミに、五千万人の視聴者たちはロマンへの熱狂から一転、大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ほんと、怪獣から守ってあげても鉄の柱で叩かれないと目が覚めない、特大サイズの鈍感下僕ね)』
いつの間にか縁側の上へと戻っていた純白の神獣シロ様が、呆れたように俺を見下ろし、その美しいオッドアイの瞳を優しく細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
サファイアブルーと琥珀色の二色の瞳は、数千兆円の電子マネーの輝きよりも遥かに眩しく、初夏の陽射しの中で、まるで世界中のどんな宝石よりも温かく美しく輝いていた。
畑では、エゾシカ王が「プルプル」と震えながらシロ様に忠誠を誓うように頭を下げ続け、巨大ヒグマが「グゥ〜♪」と新しい弟分ができたように笑いながら肩を叩いている。
「……まぁ、理由はどうあれ。陣地を脅かす巨大生物の脅威が速やかに排除され、専属アシスタントによる十キロの質量ツッコミが防衛戦でも完璧に機能していることが確認できたのなら、作戦としては完全勝利だ」
俺は鋼鉄の支柱の凄まじい衝撃で痺れた頭をさすりながら、初夏の風が吹き抜ける畑の中で、再びタッパーの氷結玄米おにぎりを口に運んだ。
「完全勝利じゃないですよ! ほら、このライフル抱えたまま気絶してる猟友会の会長さんどうするんですか! スマホも大変ですよ、VIPの人たちがガチでシロちゃんのアクション映画作るとか騒いでますってば!」
「慌てるな。まずはその障害物(会長)から危険物(ライフル)を安全に回収し、木陰へ退避させるのが先決だ。ハリウッドの映画撮影より、明日の防獣ネットの張り替え作業(兵站)のほうが重い」
「だからお兄さんの優先順位、絶対におかしいですからね!? ヒグマさーん、新入りの鹿さんと一緒に会長さん運ぶの手伝ってーっ!?」
気絶した会長を巡って畑でワーワーと騒ぐ俺たちの声と、アクション映画化に湧き上がるチャット欄の通知音が、初夏の青空へと響き渡る。
そんなカオスな日常の延長をよそに、シロ様は「やれやれ」といった様子で小さくあくびをすると、ぽかぽかとした縁側で心地よさそうに再びオッドアイの瞳を閉じた。
コメント
1件
うわあ、今回も最高でした!シロ様のネコパンチ一閃で巨大エゾシカ王が吹っ飛ぶ展開、マジで鳥肌立ちましたよ。しかもその直後のアキヤさんの「ダウンバースト現象でした」って限界言い訳タイム、もう完全に笑いのツボでした(笑)。小春ちゃんの鋼鉄支柱フルスイングツッコミもキレッキレで、ナイスコンビネーションすぎる。そして「怪獣から守っても鉄の柱で叩かれないと目が覚めない鈍感下僕」ってシロ様の呆れ顔が目に浮かぶ…尊すぎます。世界の軍事・経済を牛耳るVIPたちが「ネコパンチの物理データに600兆円」とか言い出したのも、この作品のスケール感が炸裂してて好きです。総じて、ロマンと笑いと温かさがぎゅっと詰まった神回でした!