塔の中、黒い魔力が渦巻く空間――セレナは膝を抱え、意識を飛ばすように倒れていた。
だが、心の奥深くで何かが揺れ動き、無意識に封印された記憶の扉を叩いた。
暗闇の中に、かすかな光が浮かぶ。
その光はやがて形を帯び、少女の瞳の前に現れる。
――それは、母の姿だった。
黒き王妃――セレナの母、エリシア。
深紅のローブを纏い、王宮の祭壇で祈る姿。
その瞳には、慈愛と絶望、そして強い意志が混ざり合っている。
「……母上……?」
静かに声が漏れる。
だがエリシアは微笑むことなく、深い悲しみを帯びて語り始めた。
「セレナ……私の娘よ。
あなたの血には、私の過ちが刻まれている」
「……過ち……?」
「あなたが生まれる前、私は王家の命令で――禁忌の血を操る研究をしていた。
その結果、“喰魔”の力を持つ血脈を作ってしまったのだ」
セレナの胸が、鋭く痛む。
「――それが、わたしの呪い……?」
「そう……。だが、私はあなたを愛していた。
だから、どうしても生き延びてほしかった。
王家の命令に背き、父君と共にあなたを守ったのよ」
光の中の母は手を伸ばす。
その手に触れると、セレナの中で抑えていた黒い魔力がわずかに揺れる。
「……母上は、わたしを……?」
「愛していた――だから、あなたは生きる価値がある。
でも同時に、呪いはあなた自身を守ろうとする。
感情を持つほどに力は増し、制御は難しくなる」
セレナの目から涙が溢れる。
(……愛……?
でも、私の力は――)
「わたしは……誰も傷つけたくない……!
なのに、暴走してしまう……!」
その瞬間、塔全体がまた揺れた。
黒い蔦が天井から床まで蠢き、空気は破裂音を立てる。
だが、記憶の中の母は微笑む。
「怖がらないで。
あなたの力は呪いではない――“選択の力”でもある」
「……選択……?」
「生きるか、破壊するか、愛するか――すべてはあなた次第。
でも、恐れることはない。
愛する者のために使えば、破滅も回避できる」
セレナは深く息を吸い、握りしめた拳を解いた。
(……ルシアン……私は……)
その時、母の姿が揺らぎ、遠ざかる。
黒霧が視界を覆い、現実へと引き戻す。
塔の中心で、黒い蔦が巨大な花の形を作り始めた。
その中心に、セレナの胸と同じ場所で、心臓のように黒く脈打つ。
(……これが……私の力……)
一歩踏み出すだけで、黒い魔力が床を焼き、蔦が伸び、壁が歪む。
だが、今のセレナは恐れだけではなかった。
「――わたしは、暴走しない。
私の力は……守るために使う」
その決意と共に、黒い心臓の中心が淡く光を帯びた。
遠くから、ルシアンの叫び声が届く。
『セレナ!! 僕はここだ!! 絶対に助ける!!』
セレナは目を開ける。
黒い魔力の渦の中で、
幼馴染の声が、心の奥底で確かな道標となった。
(……私の力も、きっと――)
黒薔薇の心臓が、ゆっくりと脈打ち、
暗闇の塔の中で、初めて“意志を持った生き物”のように形を整え始めた。
――黒き王妃の記憶が、
娘を覚醒させる鍵となった瞬間だった。
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