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春奈さんが、亡くなった。
かかってきた家電は、春奈さんの母親からだった。二回しかお会いしなかったが、訃報は俺の心に大きな影を落とした。
春奈さんの母親から丁寧すぎるほどに生前のお礼を述べられる。どこか上の空で返答をした。春奈さんの死と、瑞奈が重なっていく。春奈さんの母親が瑞奈について触れてきた。俺はひゅっと息を飲む。その空気が電話越しでも伝わったのか、春奈さんの母親は以後の言葉を濁した。
電話を切ると、腋の下が汗で滲んでいた。
「春奈さんが……どうしたにょ?」
瑞奈の声が震えている。薄々気付いているのだろう。
どっどっど、と心臓が暴れている。俺の中で臆病風が吹き荒れていた。
告げていいのだろうか? 瑞奈は正気を保てるだろうか? 待ち受ける過酷な現実に押し潰されないだろうか?
嘘、吐く?
心の隙間に生じたその考えが急速に膨らんだ。もうそれしかない気になっている。大切なのは瑞奈のメンタルをいかに崩さないかだ。
「春奈さん……」
「亡くなった」
俺の手をスマホごと握り込んだ瑞奈が、言葉を受け継いだ。
すぐ目の前に、表情を曇らせた瑞奈の顔があった。情熱の煌めきが、今の瑞奈の瞳からは微塵も感じられなかった。
否定しろ。否定するんだ!
心はそう叫んでいるのに、口から漏れ出たのは、
「うん」
と肯定の言葉だった。
「そっか」
首筋にナイフをあてられたような冷気がきた。遠くに見える樹々の黄色みがかった葉がざわりと騒いだ気がした。
「部屋、戻ろうきゃ――」
瑞奈が呟く声は、山脈を越えて吹く風にさらわれた。
病室に戻った瑞奈が布団の上に倒れ込む。額に触れると、とてつもない熱を感じた。
えっ、と内心では驚くものの、心のどこかでこうなることが予想できていた気もした。
とり乱しながら、指先は冷静にナースコールを押していた。看護師が駆けつけ、医師が呼ばれる。室内の空気がふつふつと沸騰し始める。せわしない足音が乱れかう。
瑞奈の家族に連絡をとった。お母さんはすぐに病院へ向かうとのことだった。瑞奈の鼻マスクからか細い息が途切れ途切れに聞こえる。瑞奈は瞼を閉じたまま微動だにしない。
医師が看護師に指示をだす。足音が大きくなる。春奈さんの死が瑞奈に重なる……。俺はいやいやをするように首を振った。それでも重なり続けていた。首どころか身体を激しく振る。医師も看護師も俺のことなんか見ていない。俺は頭を抱える。その場でうずくまる。夜の底で、聳え立つ現実の厚い壁に押し潰されていく。