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第一章 アイスの夜に願いを
深夜二時。
世界が寝静まったその時間だけが、あかりにとって唯一「何者でもなくていられる」場所だった。
部屋の灯りを消し、月明かりだけが差し込む窓辺で、彼女はゆっくりと冷凍庫の扉を開けた。
音を立てないように、慎重に。家族を起こさないように。
まるで罪を犯すかのように、コンビニで買っておいたカップアイスを手に取る。
「深夜にアイスを食べる」
その文字は、クシャクシャになったルーズリーフの左上に、雑に書きなぐられていた。
五年前、親友の千早とふたりで「死ぬまでにやることリスト」として書いたもの。
くだらない。
でも、どうしてかあのときは、真剣だった。
千早は、もういない。
あの森で。あの夜に。
私が「行こう」と言わなければ、彼女は死ななかった。
だからこのリストは——生きるためじゃない。死ぬ準備だ。
「……いただきます」
ポツリと呟いてスプーンを差し入れた。
ひんやりとした甘さが舌に触れて、喉をすべる。
冷たい。けれど、それがいい。
冷たさが心の底まで届いて、あの日の記憶を、一瞬だけ麻痺させてくれるから。
「千早……」
誰にも届かないように、小さな声で名前を呼ぶ。
思い出すのは、無邪気な笑い声と、強がりで優しい目。
そして、最後に見た彼女の背中。
「また明日ね」
そう言った私に、「うん」と笑った千早は、もう二度と戻ってこなかった。
スプーンが、カップの底をカリリと鳴らした。
食べ終わってしまった。ひとつ、終わってしまった。
リストを埋めるたびに、死が近づいている。
それなのに、どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。
——だって、本当は、生きたかった。
千早とじゃれ合いながら、リストを笑って叶えたかった。
このアイスも、キャンドルも、花火も。全部、ひとりじゃ意味がない。
それでも。
それでも——
「次は……電車、かな」
あかりは立ち上がり、窓を少しだけ開けた。
夜風が頬をなでて、髪を揺らす。遠くで猫の鳴き声がした。
誰もいない世界の中で、自分だけが取り残されている気がして、ふと涙が滲む。
けれど、泣かなかった。
泣く資格なんてない。
私は千早を、殺したのだから。
クローゼットからリュックを取り出し、ノートとリストを詰める。
何もない明日へと、ひとつずつ、終わらせにいく。
コメント
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文章にリズムがあり、読みやすかったです。今後の構想も練られていそうな始まり方でワクワクしました! アイス食べたい……(✽´ཫ`✽)ジュルリ