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第24話、読み終えたわ…! 麗子様とのカフェでの会話、すごく緊迫感があって一気に引き込まれた。千鶴さんのことを「何かあったら黙っていないでね」って言ってたってのがもう胸に刺さるし、「あなたも♡♡♡れる」って最後の一言で背筋がゾッとする感じがたまらんかった。断髪の元婚約者の“左手で万年筆”の描写とか、細かい伏線っぽいところが気になって仕方ない! 次が待ち遠しい🔥
三人目の妻には、秘密がある。
その一行が、帰りの市電の中でも、夜の寝台の上でも、頭から離れなかった。
白百合は、何を知っているのだろう。
私が千鶴さんの友達だったこと。千鶴さんの手紙。侯爵様を疑って、この家に来たこと。
どれが書かれても、私はこの家にいられなくなる。
*
七月号の『婦人の窓』が出たのは、七月の初めだった。
「青髭侯爵夫人の日記」の二回目は、三人目の妻が夫の厨房で食べさせられる話だった。夫は妻に料理を作るが、決して自分の手を見せない。手袋を外した夫の手には何がついているのか、と結ばれていた。
大奥様は、もう居室に私を呼ばなかった。代わりに、廊下ですれ違っても、私を見なくなった。
その二日後、私宛ての手紙が届いた。
家令室で真柴さんから受け取った洋封筒は、厚手で、裏に差出人の名がなかった。
表書きは「久遠寺栞様」。
紫がかったインクの、細いペン字だった。
洋館の自分の部屋で、封を切る。
便箋は一枚きり。窓にかざすまでもなく、指が覚えている滑らかさだった。
「明後日、午後二時。銀座、カフェー・ミモザにて。お一人でいらして。 藤堂麗子」
用件は、一言も書いてなかった。
私は便箋を電灯にかざした。
垂れ下がる二房の花が、やはり浮かんだ。京橋の二階で見た白百合の原稿と、同じ紙。同じ紫のインク。
この人は、私が原稿を見たことを知っているのだろうか。知っていて、わざと同じ紙で寄越したのだろうか。
それとも、隠す気など、はじめからないのか。
侯爵様に話せば、きっと行くなと言われる。
麗子、と名前で呼ぶあの人が、この手紙を読んでどんな顔をするのか。それを見るのも、少し怖かった。
私は便箋を畳んで、雁皮紙と同じ、帯の内側にしまった。
*
屋敷を出る口実は、百合絵様が作ってくれた。
「お義姉さまは、あたくしと日本橋で夏の帯揚げを選ぶことにしたわ。お母様には、もう言ってあるの」
百合絵様は、手紙の差出人の名を見ても、何も訊かなかった。ただ、私の手を一度ぎゅっと握った。
「気をつけてね。麗子様、怒るとすごく怖いのよ」
カフェー・ミモザは、銀座の大通りから一本入った角にあった。
硝子扉を押すと、蓄音機の甘い歌声と、珈琲の匂いが押し寄せてきた。
白いエプロンの女給たちが、黒塗りの丸卓の間を泳ぐように行き来している。昼下がりだというのに、席はほとんど埋まっていた。
奥の窓際の席に、その人はいた。
耳の下でまっすぐに切り揃えた黒髪。真紅の唇。水色の、直線的な洋服に、長い真珠の首飾り。
右手の指に、細い象牙の煙草ホルダーを挟んでいた。
「いらしたのね。本当にお一人で」
麗子様は、私を頭の先から爪先まで眺めて、薄く笑った。
「座って。ソーダ水でいいかしら。ここのは、少しだけ甘すぎるけれど」
私が腰を下ろすと、女給が緑色のソーダ水を運んできた。
細かい泡が、硝子の底から絶え間なく立ちのぼっている。
麗子様は、煙草の煙を横へ吐いた。
「あの連載、読んだでしょう」
「お屋敷じゅうで、読まれております」
「でしょうね。あれ、面白いもの。誰が書いているのかしら」
真紅の唇の端が、わずかに上がった。
私は答えずに、ソーダ水の泡を見ていた。
それから、ストローから口を離して訊いた。
「麗子様は、白百合という方を、ご存じですか」
「存じませんわ」
返事は、間を置かずに返ってきた。
「存じていても、あなたには言わないでしょうけれど」
麗子様は、愉快そうに目を細めた。挑まれるのを、どこかで待っていたような顔だった。
「冬馬さんとのことは、もうお聞きになった?」
「婚約していらしたと。藤堂様のほうから、ご辞退なさったと」
「そう。父の事業が傾いて、うちから身を引いたの。持ち直した今になって未練がある、なんて思わないでちょうだい。あの人が笑わないのは、婚約していた頃からよ。私だって、一度も笑った顔を見たことがない」
麗子様は、あっさりと言った。
嘘をついている顔には見えなかった。
「では、今日は、なぜ私を」
麗子様は、すぐには答えなかった。
煙草ホルダーを灰皿の縁に置き、窓の外の往来に目をやる。日傘の婦人、ステッキを振る学生、自転車の御用聞き。
local99
#大人の恋愛
瑠璃マリコ
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「千鶴さんはね、私の友達だったの」
声の調子が、ほんの少し変わった。
「白河のお家とうちは、昔からのお付き合いで。千鶴さんは私より五つも下なのに、生意気で、自転車を乗り回して、私の断髪を一番に褒めてくれた子だった」
私は、膝の上で両手を握った。
千鶴さんが自転車を漕ぐ後ろ姿を、私も知っている。
神田の路地を、袴の裾を翻して走ってきて、活版所の前でブレーキをきいっと鳴らすのだ。栞、いる? と、硝子戸の外から呼ぶ声まで、耳に残っている。
「死ぬ一月くらい前に、ここで会ったのよ。この席で」
麗子様の指が、丸卓の縁をなぞった。
「あの子、珍しく黙りこんでいて。帰りぎわに、笑ってこう言ったの。麗子さん、私に何かあったら、黙っていないでね、って」
「何か、とは」
「訊いたわよ。でも、冗談よ、って笑うだけ。あの家の紙がどうとか、わけのわからないことを一言だけ呟いて、それきり」
紙。
ソーダ水の硝子を持つ指に、力が入った。
「それから一月して、鎌倉の崖から落ちたの」
蓄音機の歌が、いつの間にか終わっていた。
女給が針を上げ、次の盤に掛け替える。
「事故だって、皆が言ったわ。夜の散歩で足を滑らせたって。あの子が、夜の崖道を一人で散歩なんかするものですか。暗いところが大嫌いだったのよ」
麗子様の声は、静かだった。静かなぶん、底に硬いものがあった。
女給が、勘定書きを盆に載せて持ってきた。
麗子様は、ハンドバッグから細身の万年筆を出した。
煙草ホルダーは、右手に挟んだまま。
万年筆を、左手で持った。
勘定書きの隅に、さらさらと「藤堂」と書きつける。迷いのない、慣れた手つきだった。
「付けにしておいて」
女給は、心得た様子で頭を下げて下がっていった。
私は、麗子様の左手を見ていた。
茶会の日も、この人は扇を左手に持っていた。
「何を見ているの」
「……いえ。綺麗な万年筆だと思って」
「舶来よ。インクもね。普通の青黒は、色気がなくて嫌いなの」
麗子様は万年筆をバッグに戻し、私のほうへ身を乗り出した。
甘い舶来の香水が、ふっと鼻先をかすめた。
「あの茶会で、さっさと実家へ帰されていればよかったのに」
「……麗子様。あの茶会のお菓子は」
「何のこと?」
麗子様は、眉一つ動かさなかった。
「私はね、あなたに忠告しに来たのよ。お節介だと思うなら、それでいい。あの家を出なさい。借金のことなら、どうにでもなるでしょう。三人目の奥様が逃げ出したって、世間は笑うだけよ。笑われるくらい、何でもないわ」
私は、まっすぐ麗子様を見返した。
「出ません」
「どうして」
「……まだ、知りたいことがありますので」
麗子様の目が、すっと細くなった。
値踏みする目ではない。初めて、私という人間を見る目だった。
「そう。千鶴さんも、そう言ったのよ。同じ顔をして」
麗子様は、煙草ホルダーを口元に運び、ゆっくりと煙を吐いた。
紫煙の向こうで、真紅の唇が動いた。
「あなたも殺されるわよ。千鶴さんみたいに」