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仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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ようやく明菜の口から出た言葉はこれだった。拓馬に訊ねてはいるが、YESしか返ってこない事は分かっている。明菜の心は一線を越え、和也の事を自分から話す方へと向かってしまった。拓馬に訊ねたのはポーズだけで、自分から積極的に話したのでは無いと逃げ道を作ったのだ。卑怯なのは自覚しているが、明菜はもう自分を止められない。
「彩さんの元カレなんですか?」
そう聞かれた明菜は、拓馬の目を見つめ無言で頷いた。
「な、なんだ元カレか。過去の人なんですよね? 俺と付き合っていて同棲までしているんだから、今は関係ないですよね?」
拓馬は男が元カレと知ってホッとした半面、明菜の様子に若干の不安を感じた。
「関係なくは無いわ。あなたが記憶を失う直前に、二人が喧嘩していた原因だから」
「そう今は関係ないわ」と言えば、和也の話題をこの場では流せた筈なのに、明菜は最後のチャンスを故意に潰した。
「喧嘩って、俺と彩さんは喧嘩していたんですか?」
「そう、私と拓ちゃんが会っていたのも、喧嘩の相談を受けていたからよ」
「どうして……この男の何が原因で喧嘩していたんですか?」
拓馬の問い掛けに明菜はすぐに答えない。
「この人は彩の高校時代の彼氏の高橋和也君。彼はバスケ部のキャプテンで彩はそのマネージャーだったの……」
少し間を空けて、明菜は拓馬の問い掛けに直接関係の無い事から話し出した。
「高一の夏前ぐらいからかな……二人は付き合い出して凄く仲が良かった。二人はこのまま付き合い続けて結婚するんだろうなって思っていたわ……」
彩の高校時代の恋愛話を聞いていると、拓馬は胸が痛い。だが、そんな気持ちとは逆に話の内容から耳を塞ぐ事は出来なかった。
「……どうして、そんなに仲が良かったのに二人は別れたんですか?」
また明菜は言葉に詰まる。もう後戻り出来ないのに、それでも自分のしようとしている事にためらいがあって、スラスラと話し続けられない。
「……和也君は死んだの」
「えっ?」
「高二の夏休み、宿川の花火大会の会場で特設ゲートが風で倒れてね……下敷きになりそうだった彩を助けて自分が大怪我をしてしまったの……」
元カレが死んだと聞いて、拓馬は言葉が出なかった。
「不運な事は続くのね……。すぐに搬送されれば助かったかも知れないのに、最初に向かった病院が急遽受け入れられなくなったの。コースを変更して時間のロスになってね。
おまけに、花火大会の会場周辺は大渋滞で、救急車でもなかなか前に進めない場所があったりしたそうなのよ。通常以上の時間が掛かって救急車も焦っていたんでしょうね……北高前の大きな交差点を知っているでしょ? 急いでいた救急車があの交差点に進入した時に、スマホを見ながら運転していた乗用車に横からぶつけられたの。
酷い事故ではなかったけど、大怪我している和也君には衝撃が強過ぎて……」
明菜は無意識のうちに、核心部分を話すのが少しでも遅くなるように必要のない事故の詳細まで話して聞かせた。
「そんな……」
「その日以来、彩は心から笑う事が無くなった。いつもどこか陰のある表情をしていたわ」
拓馬はハッと気が付いた。
「もしかして、元カレが死んでから、RCサクセションの曲を聴くようになりませんでしたか?」
「……知っていたのね……RCは和也君が好きだったバンドよ。彩も私も彼が死んでから知ったんだけどね」
「彩さんはRCの曲を知ったのは悲しい出来事がきっかけだと言っていました。でも、俺と出会って楽しい記憶になったって。いろいろな思い出の曲になって、悲しい記憶も思い出す事がなくなったって言っていたんですよ。もう過去の事じゃないですか。どうして俺と彩さんが喧嘩するんですか?」
拓馬は興奮して喉が渇き、グラスのビールを一気に飲み干した。
「彩にとって、和也君は過去じゃないわ。過去に出来るような存在じゃないの」
「でも、彩さんは俺と暮らしていたんですよ。一年も一緒に居て、同じベッドに寝ていたんですよ」
「彩はね、記憶を無くす前のあなたに『和也君は大切な存在で今でも好きな人』と言ったのよ」
とうとう二人が喧嘩した核心部分に話が辿り着いた。
「そ……」
拓馬は言葉が出なかった。和也の写真を見た時に感じた、嫌な予感が当たったのだ。