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 僕は黙って楸さんの数歩後ろを着いて歩いていた。

 逃げ出そう、なんてことは考えられなかった。

 逃げても彼女はどこまでも僕を追いかけてくる、そんな気がしてならず、そのうえで逃げた場合に何をされるか、それを考えるだけでも恐ろしかったのだ。

 ……まぁ、こうして後ろをついていくだけでも、いったいどこに連れていかれようとしているのか、連れていかれた先でどんな目に遭わされるのか、果たして生きて帰れるのか、恐怖することばかりなのだけれども。

 橙色に染まった空はとても美しく、僕は「あぁ、こんな美しい空ももう見納めかも知れない」なんてことを考えていた。

 前を歩く楸さんは髪を束ねていたゴムを解いており、流れるような黒髪が夕日に照らされやや茶色に染まりながらキラキラ煌めき揺れている。

 こうして傍から見る分には漫画のヒロインのようで且つお淑やかそうなのだけれど、その本性があのような恐ろしい力を持つ魔女|(箒に乗り、怪しげな魔法を使っていたのだから魔女だろう)なのだから実に恐ろしい。

 それにしても、本当にどこまで行くつもりなのだろう。

 かれこれ一時間近く歩かされているけれど、いまだにどこへ向かっているのか教えてくれない。

 何を訊ねても無言。

 時折ちらりと振り向くように視線を向けては来るけど、あれはたぶん、ちゃんとついてきているか確認しているのだ。

 ……そういえば、朝の箒はどこにやったんだろう。

 あの箒を使った方が早いんじゃないの?

 まさか、二人乗り禁止とか?

 そんな、自転車じゃあるまいし――

 なんてことを考えていると、突然楸さんが立ち止まって僕は危うく彼女と衝突してしまうところだった。

 楸さんが体を向けている方に目を向ければ、そこには一軒のケーキ屋さんみたいなお店があって、『パティスリー・アン』と可愛らしい文字が壁面に描かれていた。

 もしかして、ここが目的地?

 黙ってお店の中に入る楸さんを追って、僕も中に入る。

「いらっしゃいませー。あら、真帆ちゃん」

 カウンターの向こうに立つメイドさん?姿の店員さんが、楸さんに笑顔を向ける。

 どうやら知り合いらしい。常連客なのだろうか?

「いつもの、お願いします」

 楸さんの言葉に、店員さんは僕の方をちらりと見ると、「あぁ」と小さく呟いて、

「……りょーかい」

 いつもの、とはいったい何だろう。

 楸さんは何を企んでいるのだろうか。

 そんな僕の不安をよそに、楸さんが「こっちに来てください」と店の奥へと僕を誘う。

 そこには小さなフードスペースがあって、楸さんは壁側の椅子を示しながら、

「どうぞ、そこにかけてください」

 と僕ににっこりと笑顔を向ける。

 その笑顔が、むしろとても恐ろしくて。

「あ、あぁ、うん……」

 言われた通り、壁を背にして椅子に腰かける。

 それを確認してから、楸さんもテーブルを挟んだ向かい側の席に座った。

 そしてそのまま、じっと僕の顔を見つめてくる。

 口にはわずかに笑みを湛えているが、その目は全く笑ってなどいなかった。

 こうして女の子と(しかもとびっきり美人で可愛らしい)向かい合って座っているとまるでデートのようだけれど、僕からすれば追い詰められた獲物そのものだ。

 僕はそれから逃げるように天井とか床とか楸さんの肩越しに見えるお店のカウンターとか、色々なとこに視線を彷徨わせた。

 恥ずかしい、とかそんな感情ならともかく、ただただ恐怖から逃れるという、そのためだけに。

 やがて先ほどの店員さんが、僕たちの席までトレーを運んできた。

 楸さん側にはクッキーシュー、僕の方にはチーズケーキ、そしてその間には二つのカップが並んでおり、温かい紅茶が注がれている。

 楸さんはその紅茶の両方にさらさらとテーブルに置かれていた砂糖を入れ、片方を僕に差し出した。

「どうぞ」

「あ、ありがとう……」

 本当は砂糖なんて要らなかったのだけれど、文句は言えない。

 というより、本当に入れたものは砂糖だったのだろうか。

 いかにも魔女らしく、毒とか入れられたりしたんじゃないだろうか。

 そう思うと、怖くて手が付けられなかった。

 警戒してしまう僕に、楸さんはくすりと笑う。

「大丈夫ですよ」

「え、何が……」

 と冷や汗をかきながら僕は小さく口にした。

「毒なんて入っていませんから」

 その言葉に、僕は思わずどきりとした。

 僕の考えていることを読み取った――?

 楸さんに顔を向け、じっとその表情を窺う。

 すると楸さんはぷぷっと口元に手を当てて噴き出すように、

「違いますよ。全部あなたの顔に書いてあるから。解り易い人ですね」

「――へ? あ、あぁ」

 そんなに顔に出ていた?

 僕は両手で顔をさすりながら、小さくため息を吐く。

「……僕に、何の用? やっぱり、朝の空飛んでたのとか、昼間のあの――」

「はい、そうです」

 答えて、楸さんはニヤリと笑んだ。

「朝はうっかりしてました。人から見られないようにする魔法をかけ忘れていましたから。これは私の落ち度です」

 でも、と楸さんは途端にむすっとした表情になり、

「昼間のアレは、私には関係ないと思いませんか? 誰が誰を好きになろうが勝手ですけど、だからって一方的に私を責めたり貶したりするのは違いますよね?」

 訊ねられて、僕は小さく、

「え、あ、うん。そうだね」

 としか答えられない。

 楸さんは「そうでしょ?」とうんうん頷き、

「私からは何も言うべきことがないから黙って話を聞いてただけなのに、勝手にどんどん怒りをエスカレートさせて手を挙げるなんて、あんまりじゃないですか」

「あ、うん……」

「だから、あれは仕方がなかったんですよ。自分で自分を守るため、仕方なく魔法を使ったんです。正当防衛ですよ。そう思いませんか?」

「は、はい、思います」

「ですよね? そうなんです。私は悪くないんです。なので、彼女たち――先輩達にはしばらくお喋りできないように、お口にチャックをさせてもらいました」

 こんなふうに――と楸さんはおもむろに右手を宙に挙げると、僕の口元まで指を伸ばし、まるでジッパーを閉めるかのように左から右にすっと横に指を動かした。

「――んっ? んんっ!」

 途端に僕の口が引き結ばれたまま開かなくなって、焦りを覚える。

 両手で口を覆い、無理やり開けようと四苦八苦してみたけれど、まるで縫い合わされたかのようだった。

「ね?」

 と楸さんは今度は右から左にすっと指を横に動かす。

「――ぶはっ!」

 ようやく自由に開けられるようになった唇を触りながら、僕は息切れしながら楸さんの顔に目をやる。

 楸さんは口元に怪しげな笑みを浮かべながら、

「まぁまぁ、お茶でも飲んで、落ち着いてください」

 言って僕に、紅茶を勧めてきた。

 僕は震える手をカップに伸ばし、けれどそこで動きを停めて、楸さんの表情をちらりと伺った。

 まるで張り付けたような微笑みがそこにはあって、何かを企んでいるのは明白だった。

 これは、きっと、間違いなく、このお茶に何かを入れている。

 楸さんはさっき「毒なんて入ってない」と口にした。

 でも、果たしてそれは本当なのだろうか?

 毒ではないにしても、毒以外の何かが入れられている可能性は十分にある。

 いったい何を企んでいる? 僕に何を飲ませようとしているんだ?

 楸さんは、僕に――

「あっれー? なになに、二人とももしかして付き合ってんの?」

 唐突に大きな声がして、楸さんも僕も思わず目を見開いた。

 声のしたほうに顔を向ければ、そこには一人の男子が立っていて。

 その制服は僕たちが通っている高校のもので、どことなく見覚えのあるその顔は――誰だったっけ?

 必死に思い出そうと頭をフル回転させていると、その男子は僕たちのところまで無遠慮にやってきて、

「なんだ、やっぱり楸さんも男子に興味あるんじゃん」

「――――」

 楸さんはそっぽを向き、無視を決め込む。

「今日もほら、昼からじっとシーモのこと見つめてたじゃん? もしかしてって思ったんだよねぇ」

 ……シーモ? もしかしてそれ、僕のこと?

 僕の知らないところで、まさかそんなふうに呼ばれていたなんて。

 ――って、そうか。楸さんの隣の席の、牧田くんだ。

 そう言えば午後の授業中、牧田くんもちらちら楸さんに顔を向けていたっけ。

「でも、まさかシーモとは意外だね。俺がコクったときには男になんて興味ないって言ってたじゃん?」

「――ちっ」

 その途端、楸さんが小さく舌打ちしたのを僕は聞き逃さなかった。

 楸さんは不意ににっこりと微笑むと、牧田くんのほうに顔を向け、

「何を言ってるんですか? シモフツくんは男性のうちには入りません。ただのお友達です」

「ふ~ん? あ、じゃぁさ、俺も友達に入れてよ。なぁ、いいだろ?」

 楸さんの顔を覗き込むように、牧田くんは笑いかける。

 ……それにしても、僕、下拂――シモハライなんだけど。

 名前を間違って覚えられていることに少しだけショックを覚える。

 楸さんは大きなため息を一つ吐くと、

「……じゃぁ、シモフツくんのあの紅茶、代わりに飲んであげてください。私がうっかり砂糖入れちゃって。彼、砂糖入りが好きじゃないみたいなんですよ。そしたら考えてあげます」

「は? 紅茶?」

 と牧田くんは僕の方に振り向き、手を付けずにいるカップに目を向けると、

「なに? 飲まないの?」

「う、うん……」

 僕は問われてこくこく頷く。

「じゃ、遠慮なく」

 牧田くんは何の警戒もせず僕のカップに手を伸ばすと、冷めた紅茶を一気に飲み干す。

 カタリ、と机に置かれるカップ。

「う~ん。確かにちょっと甘すぎるな」

 眉を寄せる牧田くん。

 ……あれ? やっぱり何も入ってなかったのかな?

 僕が警戒し過ぎていたんだろうか――

 思いながらふと楸さんに視線を向けると、その口元がニヤリと笑んだ。

「……え」

 次の瞬間。

 ――バタンッ!

 牧田くんが急に膝から崩れ落ち、店の床にぶっ倒れたのである。

 僕は思わず目を見張り、意識を失った牧田くんを見下ろした。

「ま、牧田くんっ?」

 声を掛け、その肩を揺り動かしていると、

「……大丈夫ですよ。そのうち目を覚ましますから」

 楸さんは言って立ち上がると、鞄を持って店の出入り口に向かった。

「あ、待って!」

 僕はどうしたら良いかわからず、倒れた牧田くんから逃れるように楸さんのあとを追う。

 楸さんはカウンター越しにこちらを見ていた先ほどの店員さんに、

「すみません、お願いします」

 言って牧田くんを指さした。

 店員さんは慣れたようにこくりと頷き、あとからやってきた僕に目を向け、

「それはいいけど、この子は良いの?」

「……仕方ないです」

「そう?」

 はい、と答えて楸さんは店員さんに頭を下げると、一人店のドアを抜けて外に出ていった。

 僕も店員さんにまじまじと見つめられながら、そのあとを追ってドアをくぐる。

 外はすっかり暗くなっていて、すでに月が輝き始めていた。

 楸さんはくるりと僕に振り向くと、あの突き刺さるような視線で睨みながら、

「――いいですか? もし今日のことを誰かに話したら、今度あんな目に遭うのはシモフツくんですから、そのつもりでいてください」

「き、今日のことっていうと――」

「全部です。箒に乗っていたこと、あの女子を魔法で叩きのめしたこと、今牧田くんに盛った薬のこと。全部、全部、私とシモフツくんだけの秘密です。決して誰にも言ってはいけません」

 わかりましたか? と楸さんは眼を見開きながら念を押す。

 僕は鞄をぎゅっと胸に抱えながら、

「――う、うん」

 何度何度も、こくこく頷いた。

 ふん、と鼻を鳴らして僕を睨みつづける楸さん。

 しばらく互いに見つめあっていたのだけれど、不意に楸さんが僕のすぐ目の前まで歩み寄ってきた。

 思わずあと退る僕に、

「動くな」

 低く、きつい一言を発する。

 それからちょいちょいとまるで手招きするような動きを見せながら、

「ちょっと、屈んでくれますか?」

「え?」

「いいから、早くしてください」

「は、はい……」

 僕は膝まづくように腰を屈め、ぎゅっと目をつぶる。

 何だろう、何をするつもりなんだろう。

 僕も牧田くんみたいな目に遭わされてしまうんだろうか、今、ここで。

 そんな不安に駆られていると、すっと柔らかい感触が僕の額に当てられた。

 これは――たぶん、手だ。楸さんが僕の前髪をかき上げているのだ。

 いったい、何を――

「――ちゅっ」

「……えっ」

 思わず目を見開くと、そこには楸さんの首元があって。

 何が起こったのか、すぐには理解が追い付かなかった。

 何だか甘い匂いが僕の鼻をくすぐり、ふわふわした気持ちになる。

 おでこに当てられた、その柔らかい感触。

 すっと楸さんが僕から体を離し、

「今、あなたに呪いをかけました」

「――えぇっ!」

 僕は目を見張り、鞄を取り落としながらおでこに手をやった。

 そんな僕に、楸さんはくすりと笑んで、

「もし約束を破ったら――あなたは死にます」

 はっきりと、そう口にした。

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