翌朝、私はダルダルな状態で尊さんの車に乗る。
「今日は定時で帰って休めよ。『体調が良くない』って言えばいいから」
「んー、恵にお土産渡す約束してて」
「じゃあ、うちに来てもらえば? ついでに夕飯食っていけばいいし」
「ホント? やった!」
パッと笑顔になった私は、スマホを出してタタタタタ……と恵にメッセージを打った。
「週末に会うお二人にもお土産持っていきますけど、ちょっとしたおやつで大丈夫ですよね?」
「むしろ、もらえるだけでも御の字だと思うぜ。そんなに気を遣わなくていいって」
「ん……。あと、亮平に『土産取りに来い』って言ったら、『今日寄るかも』だって」
「そっか、なら亮平さんも加えてすき焼きするか」
「別にいいけど……」
誤解は解けたものの、亮平への苦手意識がまだ抜けていない私は、唇を尖らせて言う。
「あーかり」
けれど尊さんに窘められ、「……はい」と反省した。
会社に着いたあと、尊さんは先にエレベーターで職場に向かった。
私はちょっとスマホを弄って十分ほど時間を潰したあと、時間差で動く。
フロアに着くと、すでに綾子さんが尊さんからの札幌土産でキャーキャー言っていた。
「札幌のオススメグルメありますかぁ?」
綾子さんは甘ったるい声で尋ねていたけれど、尊さんは「ネットを参考にしただけ」とサラッと嘘をついていた。
神くんは……と思って彼を見ると、皆に交じって『白い恋人』を食べていた。
と、チラッとこっちを見た神くんと目が合ったけれど、彼は一瞬微笑んだあと、すぐに周りの人との会話に戻った。
(あれは……、大丈夫と思っていいのかな)
旅行中に尊さんが言っていた言葉を思い出すと、なんとなく「大丈夫そう」という実感が湧いてくる。
今まで意識していなかったから深く知らないけど、神くんにネガティブな印象がなかったという事は、それだけ皆とうまくやっていたのだと思う。
どんなに平均的な〝いい人〟でも、誰かからは「あの人はちょっと……」と思われる可能性がある。
けれど神くんに限っては誰からも悪い噂を聞かなかった。
気を遣って〝いい人〟を演じているというより、尊さんのように素で人間ができているんだろうな。
先日、尊さんの前で憎まれ口みたいなものを叩いた時も、わざとああやって言って冗談めかし、深刻な雰囲気になるのを避けたように思える。
(あんまり触れないようにしておこう)
そう決めた私は、出社してきた恵に「おはよう」と声を掛けられ、笑顔で返事をした。
喜多久さん監修の商品開発はまだ味が決まっておらず、別班ではパッケージのデザインや商品名などを考えている。
いっぽうで営業部が販路の確認などをし、少しずつ世に出すための準備が整いつつあった。
札幌での非現実から現実に戻った私は、なんとかいつも通りに仕事をこなし、時沢係長に『ちょっと調子がよくないので』と言って定時で上がらせてもらった。
うちの部署は尊さんのお陰で、「うちらは残業してるのに先に帰るんだ?」みたいな圧がない。
『皆、必要のある時は早めに帰れる職場にして、助け合おう』という考えが浸透してる。
会社から出た私は東京駅で恵と食べるおやつを買い、タクシーでマンションに戻った。
先日の騒ぎで朝は車通勤になったのに、帰りだけ電車に乗る訳にいかない。
勿論、タクシー代は自分で払うつもりでいたけど、尊さんは『俺の我が儘だから』と言って、私にお財布を買ってくれた。
それだけでも十分なプレゼント……というのは置いておいて、そのお財布に一定額の現金をチャージするので、それをタクシー代として使ってほしいとの事だった。
レシートは尊さんに提出し、彼が残高をチェックしてお金を補充する仕組みだ。
タクシーで移動しつつ、私は恵にメッセージを打つ。
【尊さんのマンションで待ってるからね】
そのあと、亮平にもメッセージを打っておいた。
【尊さんがすき焼きを恵んでくださるので、ビールでも買ってきてください】
ポンと送信してから、「我ながら可愛げのないメッセージだな」と反省した。
尊さんは私が兄妹と仲良くやっていく事を望んでいる。
彼の望みを叶えて安心させてあげたいのに、まだ私の心には燻りが残っていた。
(……だって本当に、買い物してる時に近くに立たれるとか、怖かったし嫌だったんだもん)
亮平と和解したのはちょっと前だし、積もりに積もった鬱憤を「今日からなかった事にしましょう」とするのは、ちょっと無理がある。
(『すぐには無理だけど、努力する』って言おう)
尊さんの言う事はすべて聞きたいけど、どうしても生理的に無理な事もある。
そこはお互い、話し合っていけたらな、と思った。
**
家に帰ると町田さんが来ていて、尊さんからすでに連絡を受けていたのか、すき焼きの準備を始めていた。
「アルコールも入るかと思うので、おつまみも作っています」
町田さんはそう言って、キッチンでテキパキと働いていた。
「……亮平、……兄は車なんですが、どうでしょう……」
町田さんの了解を得てサーモンのカナッペを一つつまんで尋ねると、彼女は微笑んだ。
「速水さんの事ですから、運転代行サービスを頼まれるかもしれませんね。勿論、お兄様の了承があればですが」
「あ、なるほど……」
確かに、気遣いの人尊さんらしい選択だ。
多分、恵が帰る時もタクシー代を渡しそうな気がする。……恵は「パパ活か」って突っ込みそうだけど……。
「お手伝いしますね」
「あら、ありがとうございます」
私は着替えたあとに手を洗い、町田さんの手伝いを始めた。
コメント
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( ゚ー゚)ウ ( 。_。)ン☺️ じゃ、ガン見隊も端っこにお邪魔…I˙꒳˙)(笑)
すき焼きパーティー楽しみじゃない!!! 亮平…すぐはとは思うけど、案外亮平は吹っ切ってると思うよ!!!