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スタートヽ(*^ω^*)ノ
ある夜のことだった。
静かな病室に、突然、荒い咳と苦しそうな呼吸音が響き渡った。
「レトルトくん、大丈夫だから!」
「頑張って!」
医者や看護師たちの必死な声が、闇の中を切り裂く。
聞き慣れない専門用語が次々と飛び交い、器具の金属音がガチャガチャと響く。
カーテン越しでも、ただならぬ空気が伝わってくる。
ベッドの端に座っていたキヨは、その声に息を呑んだ。
胸が凍りつくような感覚。手が震えて止まらない。
『……レトさん……』
かすれた声で呼びかけても、返事はない。
激しい咳の合間に、レトルトのうめき声が混ざる。
青ざめたキヨの頭の中に、最悪の言葉が浮かんだ。
『……死んじゃうの…』
心臓の鼓動が耳の奥でガンガンと響き、喉がカラカラに乾く。
何もできず、ただカーテンの向こうを見つめ、祈るように手を握りしめることしかできなかった。
その瞬間、病室の扉が開き、たんかが滑り込んできた。
レトルトはその上に横たわり、静かに運ばれていく。
カーテンの隙間から顔はまったく見えず、ただ白く細い手だけがだらんと力なく垂れているのが見えた。
キヨの胸は張り裂けそうだった。
どうしても、どうしても動けない。
呼びかけたいけれど声も出ない。
そして、絶望感の中、ふと不謹慎な思いが心をよぎる。
――綺麗な手だ。
冷たくも儚いその手を見て、キヨは息を詰める。
涙がぽろぽろと頬を伝い落ちる。
心の底からの焦りと恐怖の中で、レトルトの存在があまりにも美しく、あまりにも遠く感じられた。
振り絞るように、キヨは声を出した。
『レトさん!がんばれ!俺、待ってるからな!』
リハビリに行くとき、いつもレトルトがかけてくれた優しい声――
「頑張ってね」とそっと送ってくれたあの声とは違った。
必死で、掠れそうな声で、ただ願うように呼びかける。
その声はレトルトに届いたのか分からなかった。
ただただ届いていて欲しいとキヨは手を握りしめて運ばれていくレトルトを見送った。
病室は一瞬にして静まり返った。
時計の針の音すら、遠くに感じられる。
カーテンの向こうにあった、温かく包み込むようなレトルトの気配はもうそこにはなく、ただ空虚と不安だけが部屋を支配していた。
キヨはただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
目の前の現実に押し潰されそうになりながらも、必死で息を整える。
『絶対に、絶対に助かって……レトさん…』
心の中で、声にならない願いを何度も繰り返した。
次の日、キヨはいつものように元気に声を張って挨拶をした。
『おはよう、レトさん!』
けれど、返ってくるのは静寂だけだった。カーテンの向こうからいつも聞こえていた小さ声優しい声も、影もない。
そんな日が何日も続いた。
キヨは初めて、レトルトの孤独を少しだけ想像した。
自分が来る前は、きっと毎日こんなふうに静かな病室で過ごしていたのだろう。
誰も来ず、誰も話しかけず、ただ一人、退屈と寂しさと向き合って過ごしていたのか。
キヨの胸はぎゅっと締め付けられる。
「こんなに寂しかったんだ……」
声にならない呟きが、静まり返った病室に吸い込まれていった。
続く