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スタートヽ(*^ω^*)ノ
レトルトはなかなか病室に戻ってこなかった。
『レトさん、まだ戻らないの?』
キヨは看護師に聞いてみる。
「うーん、もう少しかかるかなー」
看護師の答えは曖昧で、キヨの心を満たすことはなかった。
寂しかった。
カーテン越しに笑いかけてくれるあの優しい声も、いつもの励ましの一言も、今は静寂の中に消えてしまっていた。
『でも、俺が頑張れば……またあの声が聞けるかも』
キヨはそう思い、リハビリに向かった。
足の痛みに顔を歪めながらも、頭の中にはいつもレトルトの優しい声がこだましていた。
『早く戻ってきてほしい』
その一心で、キヨは一歩一歩を踏みしめた。
リハビリの時間は辛いけれど、心の奥にほんの少しの希望が灯っていた。
その希望こそが、キヨを前に進ませる力になった。
レトルトがいない日々、キヨは寂しさを埋めるようにリハビリに打ち込んだ。
痛みと戦いながらも、頭の中にはいつもレトルトを思い浮かべていた。
『早く、また声を聞きたい……』
その思いがキヨの気持ちを突き動かした。
時間が経つにつれて、リハビリの時間はだんだん長くなり、帰る頃には足取りもふらつくほど疲労困憊だった。
フラフラになりながら病室に戻ると、いつもなら冷たく静まり返っている部屋に、ほんのり温かい空気が流れていることに気づく。
『……レトさん?』
カーテン越しでも分かる、あの独特の存在感。
目に見えなくても、確かにそこにいることが感じられる。
キヨの声は小さく震えていた。
返事はないかもしれない、そんな恐怖が胸の奥に刺さっていたそのとき——
カーテンの奥から、ずっと聞きたかった声がやわらかく響いた。
「……ただいま、キヨくん」
その瞬間、キヨの胸の奥に張りつめていたものが一気にほどけた。
涙が勝手にこぼれ落ちる。
『レトさん……っ!』
必死にこらえていたものが溢れ出し、嗚咽まじりに名前を呼ぶ。
『心配したんだぞ……!何日も、ずっと……』
カーテンの向こうから、ほんの少し笑うような気配がした。
「ごめんね、キヨくん。キヨくんの声、聞こえてたよ。本当にありがとう。」
その声はかすかに掠れていたけれど、たしかにあのレトルトの声だった。
生きている、戻ってきてくれた——その事実だけで、胸の奥が熱くなった。
キヨの目からは、止めどなく涙が溢れた。
声にならない嗚咽が喉をふるわせ、肩まで震えている。
その姿はまるで子どものようで、必死に隠してきた弱さが一気にあふれ出していた。
そのときだった。
今まで一度として、カーテンの向こうから姿を見せることのなかったレトルトの手が、
静かに、ためらうように、カーテンの隙間からそっと伸びてきた。
白く細いその指先は、月明かりのように淡く光って見えるほど儚く、
しかし確かに温もりを帯びていた。
その手は震えるキヨの頬にそっと触れ、流れ落ちる涙をやさしく拭った。
「……泣かないで、キヨくん」
かすかに揺れる声が、まるで子守唄のようにやさしく響いた。
キヨはその温もりに、胸の奥が締めつけられるほどの安心と切なさを感じ その手に頬をすり寄せた。
レトルトの手のぬくもりが、孤独だった日々の全ての寂しさを、まるで溶かすかのように優しく包み込んだ。
キヨは涙で濡れた頬を拭うレトルトの手に、そっと自分の手を重ねた。
その手は、自分の力強い手とは違って、折れそうなくらい細く、白く、儚い。
しかし、触れた感触は確かに温かく、わずかに震えているのが伝わった。
その微かな震えに、キヨの胸の奥が締めつけられた。
そして、理性を超えた衝動に従い、キヨはそっとその手に唇を寄せた。
無意識の行為だった。けれど、頬に触れていた指先と唇の間に交わる温もりは、二人の距離を一瞬にして溶かしてしまった。
カーテン越しの世界に静寂が満ち、二人だけの呼吸と鼓動だけが響く。
キヨの小さな行為は、言葉以上に強く、深く、レトルトの心に触れた。
キヨはその瞬間、自覚した。
自分の胸の奥でずっと膨らんでいた気持ち――それは、紛れもなくレトルトへの「好き」という感情だったのだと。
そっと触れた唇の感触に、レトルトは小さくピクッと震えた。
けれど、拒絶の気配は一切なく、むしろその手の柔らかさと温もりは、キヨの胸に深く染み込んでいった。
二人の距離が確かに近づいた瞬間だった。
続く