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MIRAN@新作公開!!
瀬名 紫陽花
【初めて駿が僕に時間を止めてもらった日】
夕方の神社。
空はまだ明るいのに、風が少し冷たくなり始めていた。
僕はいつもの場所、神社の門の上に座って、時間の流れを指先で転がしていた。
カチ、カチ、と見えない音が耳に残る。
その時——
「……いた」
下から聞こえた、少し焦った声。
僕は顔を下に向ける。
「おー、駿。どうした?そんな急いだ顔して」
駿は息を整えながら、お守りをぎゅっと握っていた。
視線が落ち着かなくて、時間に追われてるのが一目で分かる。
「……間に合わないかもしれない」
「何に?」
「全部」
その一言が、妙に重かった。
僕は門から飛び降り、駿の前に立つ。
落ち葉が足元で鳴る。
「じゃ、初めて使うか」
「……え?」
「時間、止めるやつ」
駿の目が少し見開かれる。
「……本当に、止まるんだよな」
「止まる止まる。世界ごと、な」
僕は軽く言ったけど、駿はごくりと喉を鳴らした。
「……じゃあ」
駿は一歩、僕に近づく。
それから——なぜか、ぎゅっと目を閉じた。
「…………」
「……は?」
その様子がおかしくて、僕は思わず眉を上げる。
「ちょ、駿。何してんの?」
「……時が止まるなら……自分も止まると思って」
「いやいやいや」
僕は吹き出しそうになるのをこらえながら、指を鳴らす。
パチン。
——音が、消えた。
風が止まり、木の葉が空中で静止する。
遠くの鳥の羽ばたきも、境内を歩いていた人の足も、全部が止まった。
……なのに。
「……?」
駿が、ゆっくり目を開ける。
「……え」
瞬間、駿は固まった。
「……あれ?」
自分の手を見る。
動く。
足も、呼吸も、ちゃんと動いている。
「……俺、止まってない?」
「うん」
僕はあっさり言う。
「駿だけ、動いてる」
「……は?」
駿は慌てて周囲を見る。
止まったままの世界。
空中で止まる落ち葉。
動かない影。
そして——動けるのは、駿と僕だけ。
「……なに、これ……」
声が、少し震えていた。
「俺が止めたのは“世界の時間”な。
お前の時間までは、止めてない」
「……じゃあ、なんで……」
「九尾さんのお守り持ってるだろ」
僕は駿の胸元を指差す。
「それ、時間の外に立てる印。
だから駿は——置いていかれない」
駿は、しばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「……怖いと思った」
「だろーな」
「……でも」
駿は、ゆっくり僕を見る。
「……一人じゃないって、分かった」
その言葉に、僕は一瞬だけ言葉を失った。
「……そ」
照れ隠しみたいに、そっぽを向く。
「だから言っただろ。
時間止めても、進むのはお前だって」
駿は、ほんの少し笑った。
「……次からは、目、閉じなくていいんだな」
「当たり前だろ。
見とけよ、止まった世界」
——それが、
駿が“止まった世界を見た最初の日”。
そして、
自分だけが進めると知った日だった。
————————————————————
……あの時の駿、ほんとに間抜けだったよな。
目ぇぎゅって閉じて、
「止まる覚悟」みたいな顔してさ。
「自分も止まると思ってた」って——
あれ、いつ思い出しても笑える。
「……くくっ」
気づけば、僕は神社の門の上で一人、肩を揺らしていた。
夕方の風。
見えない時計の針を指先で弄びながら、思い出し笑い。
カチ、カチ。
——その時。
「……おい」
下から聞こえる、聞き慣れた声。
「……ん?」
僕は門の下を覗き込む。
そこにいたのは、駿。
さっきよりも明らかに余裕がなくて、眉間にしわが寄っている。
「……なんだ、駿じゃん」
「笑ってる場合じゃない」
「えー?」
僕はにやにやしたまま、門の上で胡座をかく。
「どうした?
さっき時間止めてやっただろ」
駿は一瞬、言いづらそうに視線を逸らしてから—— 短く息を吐いた。
「……足りなかった」
「……あー」
一瞬で察した。
「七分じゃ、足りなかったか」
「……途中までは良かった」
駿は胸元のお守りを無意識に握りながら続ける。
「でも、動き出した瞬間に……全部、また押し寄せてきた」
その言葉は、少しだけ重かった。
“時間が戻る怖さ”を、ちゃんと知った声。
僕は門の上から、ぴょんと飛び降りる。
着地の直前、時間をほんの一拍だけ遅らせる。
「なぁ駿。」
「……ん」
「最初に時間止めてもらった時さ」
駿が一瞬、きょとんとする。
「お前、自分も止まると思って目閉じてたよな」
「……今、その話?」
「思い出し笑いしてた」
「……やめろ」
ほんの少しだけ、駿の耳が赤くなる。
「でもさ」
僕は駿の正面に立って、まっすぐ見る。
「止まらなかっただろ。
世界が止まっても、お前は動いてた」
駿は黙る。
「今回も同じだ」
「……」
「時間は止められる。
でも、“全部”は止まらねぇ」
カチ、カチ。
僕は指先で、また針を回す。
「で?」
「……で?」
「どれくらい欲しい?」
駿は少し迷ってから、正直に言った。
「……もう少し」
「何分」
「……十分」
「ははっ」
僕は軽く笑う。
「最初からそう言えよ」
「……欲張りだと思われるかと」
「今さらだろ」
僕は指を鳴らす。
パチン。
世界の音が、再び消える。
風も、人も、影も——全部が止まる。
駿だけが、静止した世界の中で、ちゃんと息をしていた。
「なぁ」
「?」
「今回は目、閉じないんだな」
「……もう学習した」
「よろしい」
僕は門の方へ戻りながら言う。
「でも覚えとけよ、駿」
「……うん」
「時間が足りない時に来る場所は、ここでいい」
駿は、少しだけ安心したように頷いた。
——止まった世界の中で、
僕は思う。
あの頃より、
駿はちゃんと“進むこと”を知った。
……でも。
「次は、時間止めなくて済む顔で来いよ」
それまでは、
僕がここで、待っててやる。
カチ、カチ、カチ。
時間は、
まだ——駿の味方だ。
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