テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【初めて駿が僕に時間を止めてもらった日】
夕方の神社。
空はまだ明るいのに、風が少し冷たくなり始めていた。
僕はいつもの場所、神社の門の上に座って、時間の流れを指先で転がしていた。
カチ、カチ、と見えない音が耳に残る。
その時——
「……いた」
下から聞こえた、少し焦った声。
僕は顔を下に向ける。
「おー、駿。どうした?そんな急いだ顔して」
駿は息を整えながら、お守りをぎゅっと握っていた。
視線が落ち着かなくて、時間に追われてるのが一目で分かる。
「……間に合わないかもしれない」
「何に?」
「全部」
その一言が、妙に重かった。
僕は門から飛び降り、駿の前に立つ。
落ち葉が足元で鳴る。
「じゃ、初めて使うか」
「……え?」
「時間、止めるやつ」
駿の目が少し見開かれる。
「……本当に、止まるんだよな」
「止まる止まる。世界ごと、な」
僕は軽く言ったけど、駿はごくりと喉を鳴らした。
「……じゃあ」
駿は一歩、僕に近づく。
それから——なぜか、ぎゅっと目を閉じた。
「…………」
「……は?」
その様子がおかしくて、僕は思わず眉を上げる。
「ちょ、駿。何してんの?」
「……時が止まるなら……自分も止まると思って」
「いやいやいや」
僕は吹き出しそうになるのをこらえながら、指を鳴らす。
パチン。
——音が、消えた。
風が止まり、木の葉が空中で静止する。
遠くの鳥の羽ばたきも、境内を歩いていた人の足も、全部が止まった。
……なのに。
「……?」
駿が、ゆっくり目を開ける。
「……え」
瞬間、駿は固まった。
「……あれ?」
自分の手を見る。
動く。
足も、呼吸も、ちゃんと動いている。
「……俺、止まってない?」
「うん」
僕はあっさり言う。
「駿だけ、動いてる」
「……は?」
駿は慌てて周囲を見る。
止まったままの世界。
空中で止まる落ち葉。
動かない影。
そして——動けるのは、駿と僕だけ。
「……なに、これ……」
声が、少し震えていた。
「俺が止めたのは“世界の時間”な。
お前の時間までは、止めてない」
「……じゃあ、なんで……」
「九尾さんのお守り持ってるだろ」
僕は駿の胸元を指差す。
「それ、時間の外に立てる印。
だから駿は——置いていかれない」
駿は、しばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「……怖いと思った」
「だろーな」
「……でも」
駿は、ゆっくり僕を見る。
「……一人じゃないって、分かった」
その言葉に、僕は一瞬だけ言葉を失った。
「……そ」
照れ隠しみたいに、そっぽを向く。
「だから言っただろ。
時間止めても、進むのはお前だって」
駿は、ほんの少し笑った。
「……次からは、目、閉じなくていいんだな」
「当たり前だろ。
見とけよ、止まった世界」
——それが、
駿が“止まった世界を見た最初の日”。
そして、
自分だけが進めると知った日だった。
————————————————————
……あの時の駿、ほんとに間抜けだったよな。
目ぇぎゅって閉じて、
「止まる覚悟」みたいな顔してさ。
「自分も止まると思ってた」って——
あれ、いつ思い出しても笑える。
「……くくっ」
気づけば、僕は神社の門の上で一人、肩を揺らしていた。
夕方の風。
見えない時計の針を指先で弄びながら、思い出し笑い。
カチ、カチ。
——その時。
「……おい」
下から聞こえる、聞き慣れた声。
「……ん?」
僕は門の下を覗き込む。
そこにいたのは、駿。
さっきよりも明らかに余裕がなくて、眉間にしわが寄っている。
「……なんだ、駿じゃん」
「笑ってる場合じゃない」
「えー?」
僕はにやにやしたまま、門の上で胡座をかく。
「どうした?
さっき時間止めてやっただろ」
駿は一瞬、言いづらそうに視線を逸らしてから—— 短く息を吐いた。
「……足りなかった」
「……あー」
一瞬で察した。
「七分じゃ、足りなかったか」
「……途中までは良かった」
駿は胸元のお守りを無意識に握りながら続ける。
「でも、動き出した瞬間に……全部、また押し寄せてきた」
その言葉は、少しだけ重かった。
“時間が戻る怖さ”を、ちゃんと知った声。
僕は門の上から、ぴょんと飛び降りる。
着地の直前、時間をほんの一拍だけ遅らせる。
「なぁ駿。」
「……ん」
「最初に時間止めてもらった時さ」
駿が一瞬、きょとんとする。
「お前、自分も止まると思って目閉じてたよな」
「……今、その話?」
「思い出し笑いしてた」
「……やめろ」
ほんの少しだけ、駿の耳が赤くなる。
「でもさ」
僕は駿の正面に立って、まっすぐ見る。
「止まらなかっただろ。
世界が止まっても、お前は動いてた」
駿は黙る。
「今回も同じだ」
「……」
「時間は止められる。
でも、“全部”は止まらねぇ」
カチ、カチ。
僕は指先で、また針を回す。
「で?」
「……で?」
「どれくらい欲しい?」
駿は少し迷ってから、正直に言った。
「……もう少し」
「何分」
「……十分」
「ははっ」
僕は軽く笑う。
「最初からそう言えよ」
「……欲張りだと思われるかと」
「今さらだろ」
僕は指を鳴らす。
パチン。
世界の音が、再び消える。
風も、人も、影も——全部が止まる。
駿だけが、静止した世界の中で、ちゃんと息をしていた。
「なぁ」
「?」
「今回は目、閉じないんだな」
「……もう学習した」
「よろしい」
僕は門の方へ戻りながら言う。
「でも覚えとけよ、駿」
「……うん」
「時間が足りない時に来る場所は、ここでいい」
駿は、少しだけ安心したように頷いた。
——止まった世界の中で、
僕は思う。
あの頃より、
駿はちゃんと“進むこと”を知った。
……でも。
「次は、時間止めなくて済む顔で来いよ」
それまでは、
僕がここで、待っててやる。
カチ、カチ、カチ。
時間は、
まだ——駿の味方だ。
瀬名 紫陽花
MIRAN@新作短編集公開!!
11,158